長編 | ナノ
雨は本格的に勢いを増し、まさにバケツを引っくり返した、という表現がピッタリの様相を呈していた。私達はいま、誰も居ない校舎裏にて、理解の到底及ばない状況になす術をなくしていた。突然の出来事に背骨を引っこ抜かれたように力なく座り込み、容赦く呆然と破れたパイプを見つめる。
その次の瞬間、またバン!と今度は反対側から同じような音が鳴り響く。反射的にそちらを振り返ると、同様に雨どいのパイプが不自然に破れていた。
「な、何……!?」
「……」
怯えきった様子の彼女がへなりと地面に座り込む。とにかく、ここから離れなければ。力を入れようとしても腰が立たず、べチャリと虚しく尻もちをつく。
心臓がばくばくと胸を叩き、肺はどう考えても必要な量の酸素を取り込みきれていなかった。
バン、バン!更に立て続けに2箇所が破れ水があふれ出す。戦慄が瞬く間に身体を駆け巡った。耐えきれない様子で、先程まで凄まじい威圧感を放っていた彼女はきゃあと悲鳴をあげうずくまる。せめてどちらかが人を呼べば……そう思ったが、どうやら二人共等しく無力のようだった。
明らかに、異様な光景だった。水道管ならまだしも、ただの雨どいだ。いくら大雨が降っていると言えど、許容量を越えて破裂するなどあり得なかった。それに季節は夏、凍結なども考えがたい。ありとあらゆる仮説が次々と否定されていく、何をどうしても、この状況は一般常識では説明が出来ないように思えた。幽霊?超能力?今まで全く信じたことのなかった、人智を超えた存在や力の数々が可能性として脳内を駆け巡る。思考はほとんど回っておらず、考えれば考えるほど糸が絡んでいくようだった。
雨の勢いは留まることを知らない。これ以上不可能だというところまで服に染み込んだ水は更に身体の中まで浸透し、内蔵全体を満たしていく錯覚を覚えた。落ち着け、落ち着け。この子か私、どちらかがとにかく立ち上がらなければ。ひゅうひゅう音のなる喉に手をやり彼女に視線を向けると、がたがたと耳を塞いで震えているのが見えた。怯え具合であればどんぐりの背比べだったものの、まだかろうじて冷静さを保っているのは自分のようだった。
いつ、次が来るかわからない。何が、どのようにして来るかもわからない「次」に怯えながら必死で呼吸を繰り返す。震えを抑え込むように冷たい身体を抱きしめてさすった。とにかく落ち着け、自分たちで立てないのなら、誰か、誰かに助けを。そう考えた途端に、ざわりとどす黒いものが思考を支配する。
他人に多くを求めてはいけない、自分の身を守れるのは自分だけ。
どう考えてもそんな事を考えている場合ではないこの局面でも頭をもたげる思考にほとほと嫌気が差した。今、そんな事を考えている場合じゃないだろう!自分を責めるように拳を握りしめる。振り払え、振り払え、求めるんだ、助けを!ぶるぶると震える手でポケットから携帯を取り出そうと足元を向けた時、私は破れんがごとく目を大きく見開いた。
破裂した雨どいから溢れる水、降り注ぎ地面に落ちた雨、自分から滴る水、その全てが、ただ一点に向かって収束するかのごとく流れていた。その向かう先は他でもなく、座り込む自分の足元。明らかに物理法則を無視した水の流れ。それはやがて1つにまとまり、大きく、ゆっくりと、私を中心に渦を巻いていた。
幽霊?超能力?先刻自分自身で羅列した仮説が再び蘇る。科学的に説明できない、人智を超えた力……。
これは、何だ?
私は、何だ?
2021/2/23
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