長編 | ナノ

「ああもしもし、閃?俺今任務でそっちの近く居るから、今日寄ってくわ」
「ちょ、え?」

 遡るは数時間前のこと。珍しくサボらず授業に参加している奏をよそに、屋上に続くドアに背を預け一人うつらうつらしていたところだった。ポケットで震えた携帯を手に取ると、ディスプレイに表示された「細波」の2文字。ついに任務で人手が必要になって呼び戻しを食らうのか?など思案しながら通話ボタンを押すと、言い放たれたのが先刻の言葉である。
 細波さんは諜報員という役職柄もあってか、基本は常識的に立ち回る人だ。しかし、夜行の若手や俺に対しては時折こうして唐突な行動を起こすことがあった。数年前、自分の預かり知らぬところで良守たちの監視役を推薦された事を思い出しため息を吐く。別に突然来られて困るようなことも特にないのだが、如何せん急すぎるのだ。


 HRの終わりを告げる挨拶を聞き流し、賑やかしくなった教室で荷物をまとめる。クラスでは全くと言っていいほど交流しない奏が、俺には目も向けず素知らぬ顔で目の前を通り、教室を出ていった。友人に声を掛けられ足を止めることはあれど、基本的に彼女の下校はクラス、いや学年でも最速に近い。細波さんはすでに学校近くのファミレスに向けて出発したと連絡を受け取ったので、俺も急いで席を立った。
 さすがは細波さんといったところか、指定された場所は学校付近とは言え少し奥まった場所にある、あまり学校関係者に利用されなさそうな店舗だった。現在特に大した任務に就いていない俺と細波さんが同席していようと特に不利益は被らないのだが、転ばぬ先の杖だ。細波さんも、任務に無関係の寄り道が原因で仕事に支障をきたしたくないのだろう。何となく頭の中で地図を思い描きながら靴箱から自分の靴を取り出す。学校出たらもう一回場所調べるか。「影宮くん、ばいばーい!」「おう、じゃーな」時たま声をかけてくる女子を適当にいなしながら、トントンと靴のつま先で地面を叩いた。


 校門を出てすぐ、俺は自分の目を疑った。何やら路傍で固まっている集団がいると思えば。視界の先には、やつれ顔の細身の男性、スラリと長い体躯を持て余した糸目の青年、そして何より、2人の前で困惑した表情をしている、見知った女の顔があった。

「この店舗に行きたいんだけどね、地図見ても入り組んでてややこしくて……」「あ、えーと……私もその辺りはそこまで詳しくなくて……」
「マジかー。秀、大人しくアイツ待っとくか」
「……マジで何してんの?」
「お、閃!噂をすれば!」

立ち尽くす俺に気づいた細波さんがヨッと手を挙げる。それを見た秀が俺を見るやいなや満面の笑みでブンブンと子犬のように腕を振った。

「閃ちゃん久しぶり!」

秀の呼びかけに反応してゆっくりと、奏はこちらを見遣った。最悪だ。突然デカい男2人に道端で絡まれ、更にそいつらが俺と親しげにしているのだからそれはもう混乱を極めていることだろう。俺の頭はどのように事態を収拾させようかということにフル回転していた。こういうのを防ぎたくて分かりづらい店選んだんじゃなかったのかよ……胃痛をよそに口を開いた奏が一言。

「……閃、”ちゃん”……………」

最悪だ。


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「ごめんね閃ちゃん……」
「いつまでぶすくれてんだよ〜」

 心底反省した顔で眉を下げる秀をよそに、細波さんはヘラヘラ笑っている。あの後、とりあえず気にすんな!と半ば無理やり奏を解放し、細波さんの腕、秀の耳を引っ張って店に向かった。手間取らせて悪かったなー、閃と仲良くしてやってくれな!と余計なことを言い放つ細波さん、痛い痛い痛いよ閃ちゃん!と声を荒げる秀、そして史上最も深く眉間に皺を寄せた俺をぽかんとした顔で奏は見送っていた。

「てか、なんで秀もいるんですか?」
「お?別に俺だけとは言ってないぞ」
「僕と細波さんの共同任務だったんだよ!」

じゃあ秀も連絡してこいや、と内心思ったが、どうせサプライズか何かのつもりだったんだろう。もう何も言うまいと呆れ、ずぞぞとストローを咥えて麦茶を飲んだ。

「そういえば!あの子閃ちゃんの友達だったんだねえ」
「野暮言うな秀。彼女だろ」
「適当言わないで下さい……」

ため息を吐く俺をよそに2人は勝手に盛り上がっていた。ああいう子が好みだったんだね、だの、ちゃっかり整った顔の女選んでんなあ、まあお前も顔のいい部類だしなあ、だの。もう止める気力も残っていないに等しかったが、誤解されたまま定着しても困る。

「そういうんじゃないです。ていうか前細波さんに話した奴ですよ、藍塚奏」

あ〜、なんとなくそんな気がしたわ。ぽりぽりと頬を掻きながら細波さんはポテトフライを1つつまんだ。「何?細波さんに恋愛相談してたの!?」とはしゃぐ秀に苛ついて、周囲にばれない程度に爪をのばして額に突き立てた。コレ久々にやったな。

「その後も交流してんの?」
「まあ、なりゆきで」
「ふうん」

ニヤリと細波さんが口の端を吊り上げた。何だその顔は……。額をおさえて未だうずくまる秀を横目に、呆れ返って細波さんをじとりと睨んだ。

「そんな険しい顔すんなって。最近は任務も落ち着いてて人手余ってんだ、気楽にやれ」

くしゃりと骨ばった手に頭を撫でられた。幾年も師事を受けながら享受してきた愛玩に思わず絆される。ウンウン、といつのまにか復活した秀が嬉しそうに頷いた。
 本当に、余計なお世話である。



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「この間のあの人達は……」
「あー……地元の近所に住んでた奴ら。たまたまこっちに来てたから飯行く約束してたんだよ……迷惑かけて悪かったな」
「いや、構わないよ……閃ちゃん」
「忘れてくれ……」

 しびれを切らした俺が心の底からの嫌悪感を顕にするまで、奏の揶揄は続いた。



2021/1/21





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