長編 | ナノ
一気に距離が縮まってから、藍塚から奏へ、影宮くんから閃へと、どちらともなくそう呼び合うようになっていた。授業を抜け出すタイミングが重なった時だけ話す、そんな間柄。それでも過ごす時間はあまりに穏やかだった。磁石のN極とS極が引き付け合うように、最初からこうなる事が決まっていたのではないだろうか。
屋上の真ん中で、人一人分の距離を空けて座る彼女を盗み見る。今日も今日とてその瞳は鮮やかな青色を映していた。またコイツは空を見ているのか。
奏がふいにうち見せる表情は、酷く儚げで、弱々しくて、けれど一切の感情も感じ取れないもの。それすらもほんの一瞬で、瞬きひとつぶんの時が経つと後にはふにゃ、と曖昧に微笑む彼女しかいない。合わないピースを無理矢理嵌め込んで完成させたパズルを彷彿とさせた。
「今日も、暑いねぇ」
「そうでもない」
「閃は適応力あるよね。私は体が付いてかないよ……」
この間まで春だったのに急に変わっちゃったみたい、と、変化を惜しむように呟かれた言葉は誰にも掬われないまま消えていく。藍塚の右手は所在無さげに空気をかき混ぜていた。
「もうすぐ梅雨かぁ……面倒臭い」
「ああ」
「閃も割と髪長めだもんね。朝とか広がるでしょ。」
「まぁ、そうだな」
俺と奏は、この上ない愚痴仲間である。それ以上でも、それ以下でもない。お互いに、一線から先は踏み込まない。奏の心は金輪際読まないと決めていた。一瞬で消えてしまうような弱くか細い表情の奥で彼女が何を考えているのか、俺には知る由もない。
2010/12/18
2013/5/20 修正
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