長編 | ナノ

こうなることを、一体誰が予想していただろうか。

あの日以来、俺と藍塚奏はお互いを無意識に避けていた、と言っていいだろう。しかし彼女からの干渉は一切無かったものの、小心者の俺は考えた。もし、感づかれているとしたら。それは俺にとって都合が悪いということだけでは済まされない。時間が経つほどに焦燥感は増し、思考は最悪の事態を描いた。自分に残された手段は、一つだった。

「……もしもし、細波さん?」



時は、現在に戻る。

話す必要などなかった本心を一頻り吐露してから、雪崩れ込むように藍塚奏は俺の愚痴仲間になった。
細波さんの見解では、彼女は取るに足らない生徒Aにすぎないとのこと。そう聞いて安心したのか、急に藍塚への興味が湧いたのだ。気だるげな物言い、へらへらと受け流す振る舞い、少し長めのスカート。何より、会話から時折仄めかされる彼女の考え方が、俺のそれとよく似たものだった。

「隣の席の……あの、誰だっけか忘れたけどそいつが絡んでくるんだけど。面倒臭い」
「ああ学年で一番モテる子じゃん、それ」
「どうでもいい」
「ふぅん、以外。……この年代の男子は皆面食いかと、」

この、ひねくれた考え方だ。お世辞にも良いとは言えない性格がどうにも人間らしかった。彼女は、俺の考える「多数派」の人間なのかもしれない。
昔も今も、俺の周りには真っ直ぐな、「少数派」の人間しかいなかった。自らの命を投げうってまで、その強い信念と衝動のまま進んでいく、そんな人間ばかりだった。かつて共に戦い俺を救った顔が浮かぶ。眩しすぎた。その眩しさのあまり、自分の影だけ浮き彫りになった気さえした。影宮、その苗字の通り、あいつらを光とするならば俺の存在は影なのだ。

「なあ。目の前に、到底勝ち目のない相手がいたとする」

ゆっくりと彼女の視線を追いかけて、空を仰ぐ。

「なに、どうしたの」
「ただの心理テストだっつの。自分の身内は以前そいつに傷つけられた。そういう時、お前ならどうする?」

慎重に、言葉を選びながら。目線を空から外した頃、藍塚は難しそうな顔をしていた。

「その質問は……私のズルさが際立つから困るなぁ」

その言葉だけで、十分だった。


俺の溢す矛盾したぼやきに否定も肯定もしない藍塚の言葉は曖昧なくせにどこか的を得ていて、素直に深く染み渡っていく。

心を読んだ訳でも無いのに、何故か確信していた。きっと藍塚も、同じように感じている。確かに此処にある穏やかさがそう教えてくれた。




2010/12/1
2013/5/20 修正




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