長編 | ナノ
「……はい、そうです。……いえ、そんなことは……っていうか、興味ないですってマジで」
頭の片隅からぼんやりと聞こえてくる誰かの話声で、徐々に意識が浮上していく。まだ離れたくないと、上下の瞼が名残惜しげにくっつこうとしていた。
声の主から私は丁度死角の部分に居るらしい、私からもそいつの姿、場所を認識できない代わりに相手からも気付かれる様子がない。その気なんてさらさらないのに、盗み聞きをしているようで居心地が悪くなった。
「……はい、失礼します」
低く落ち着いた、礼儀正しい口調でその人物が話し終えたのと、私が立ち上がり建物の影からひょっこり顔を出したのはほぼ同時だった。
「……ど、どうも」
「……藍塚?」
忘れるはずもなかろう、金髪のウェービーヘアに鋭い猫目。少し目を見開いた影宮くんは直ぐに人懐っこい笑みをこちらに向け、馴れ馴れしげに「藍塚もサボり?」と尋ねた。
「……ああ、2限目辺りから。なんかごめんね、盗み聞きしてた訳では無いんだけど」
「ああ、別に……。それより……大丈夫か?」
「は?」
「この間の……、いや、何でもない。忘れてくれ」
疑問が確信へと変わっていく。なぁんだ、存外詰めが甘い。あの日本当に私に何かしようとしていたなら、すっとぼけるだろうと思っていたのだけれど。自分でもしまったと思ったのか、彼は少し青ざめていた。
「……影宮くんさ、この間私に何かしようとした?」
「や、違、なんか体調悪そうだっただろ、藍塚」
我ながら、嫌な言い方だと思う。影宮くんは冷や汗をかいてついに視線を反らした。ワイシャツの裾を握り締めて黙りこくった彼を見て突然頭が冷えてくる。
「……そんなに話したくないなら、追求はしないよ」
少し、踏み込みすぎたか。いつもならここまでの追求なんてしないのに、頭ごなしに問い詰めてしまったのはイレギュラーな状況のせいなのか、私にはわからない。これ以上は進めない。私は、今まで築きあげてきた自分の立ち位置を失いたくなかった。
失いたくなかった……この心境に嘘などない。でも、ホッと息を吐いた影宮くんの表情が悔しげに歪められた時、再び頭がかぁっと熱くなり、別の何かに感情が支配されたような気分になった。
「……猫被り」
ああ、口が勝手に。どうしてこいつの前じゃあ、こうも上手くいかないのだろう。影宮閃はぎろりと私を睨み付けた。
2010/11/28
2013/5/16 修正
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