長編 | ナノ
心底面倒だった。
俺の学校嫌いを直すため、なんていう不十分すぎる動機でこの学校への転入が決まったのは、そもそも秀の余計なお節介のせいだ。任務でもないのに学校へ行け、と。あの時ふざけるなと一発刺しておけば良かった。
向けられる好奇の目、噂をささやく不快な声、人の領域に土足で踏み込む不躾な質問。それら全てを受け流し、笑顔を絶やさず、バカみたいに丁寧に応えることは、もはや癖であり、得意分野とも呼べるようになっていた。
任務でもないのに愛想を振り撒く理由はただ一つ、折角なので読心の練習でもするかというものである。
どんな顔ぶれが居るのかと教壇の上から全体を見回した時。俺が見たのは、まるで俺など居ないかのように窓の外を眺める女だった。
他の人間全ての目がこちらを向いているので、彼女は尚更目立って見えた。まあいいか、気にも留めずにまたテンプレートの「転入文句」を並べ立てる。ちらりと再びその女の方へと視線を向けてみると、丁度気だるげな眸がゆっくりとこちらを捉え、視線がかち合った。
途端彼女が見せた表情は、限りなく無表情に近いしかめっ面。それはまるで、気取られないように無表情を保っている風に見えた。けれども、あからさまに皺の寄せられた眉間がその嫌悪を物語っている。居心地、そして胸糞が悪くなった俺は、また別の方向を向いたのだった。
それがあいつと俺の初めての接触だと、少なくとも俺の方はそう認識している。夕陽が差す廊下を足早に通り抜けながらその経緯をなぞっていた。
ほんの数分前の事である。偶然にも俺を案内することになったあの女(名前は藍塚奏というらしい)を、まずは読んでみようと思った。よく笑う彼女だが、実際は何を考えているかわからないような奴だった為に尚更、術のターゲットに選んだのだ。だが挑戦してみればどうだろう、相手の警戒心は凄まじいものだった。つけ入る隙を与えぬ立ち振舞い、当たり障りのない受け答え。何度も立ち入ろうとするのに、あともう少しで止めざるを得なくなるという攻防が続いた。
結局日も暮れ教室へ戻った頃、もどかしくなってあからさまな誘導を仕掛け漸く仕留めたと思った。問題はそれからだった。
予想した通りのイメージをキャッチしながら藍塚を伺い見るうちに、その表情はみるみる青ざめていく。同時に、今まで見えていたイメージが黒い靄となって霞む。それは間違いなく、藍塚の恐怖心であった。
それからのことは、あまりよく覚えていない。ただ、教室を後にした俺の耳に届いたのは、彼女が床に座り込む音であったということだけは、忘れたくても脳裏に焼き付いている。
「くそ、なんなんだよ……」
2010/11/20
2013/05/13 修正
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