寒空上層部



天高い寒空の下。
ここ、リヴィディシウムも日を追う毎に冷え込みが強くなってきたこの頃。寒さというのは、皆平等に与え得る感覚で、皆一様に寒いと漏らしては一向に暖かくならぬ空しさに拉がれるのである。ああ、寒い。


「さぶい」

「お前ほんとに同じことしか言わねぇのな」

「壊れかけのラジオですか」

「うるせぇ。お前はやさしくなれや、ハゲェ」

「雑草に優しくする義理はありません」

「こうも寒いとお腹空いてきますねー」

「…お前単に腹減っただけだろ」

「…お家に帰りたいです……寒い…」


何故国の幹部連中が揃いも揃って寒空の下に投げ出されているのかというと、特に理由はない。ここは一年の締めくくりの大掃除のために邪魔だからと外に放り出されたということにでもしておこう。
時は12月。息が白くなり始め、ある場所では雪も降り出す時期である。ああ、寒い。


「温かいものが食べたいです」

「土でも食ってろ」

「ちょっとクロード様!?土は温かくないじゃないですか、もー!」

「食うことに関しては否定しねぇのかよ」

「埋まっときゃちっとは温くなんだろ」

「ああ!なるほど!…ってそうじゃないです、お腹が空いたんですってば!」

「ノリツッコミ乙」


口ばかり動かしていても体は全く暖まらないもので、一同は相変わらず寒さに、約一名は空腹に震えていた。まだまだ部屋の掃除が終わる気配は無い。
さて、どうしたものだろうか。


「コンビニ行こうぜ、コンビニ」

「こんびに…、って何ですか?」

「この前、通りに新しくできた商店だよ、リリちゃん」

「へぇ…こんびに……」

「お腹が空きました!早く行きましょう!ほらぁ!クロード様も!!」

「締まる!首ィ!!」

「うっさい輩ですねぇ…」


テオドールに首根っこを掴まれ、脱出を試みるもそれはそれはもの凄い牽引力で、下手に暴れると更に首が締まるのでクロードは早々に諦めた。




「あぁ…あったかいです……」

「おいリリス、死人みたくなってんぞ」

「生き返ります…」

「あ、死んでたわ」

「ゾンビかよ」


教皇のゾンビ疑惑はさておき、コンビニで暖を取る上層部というのも中々貧相なものである。周囲からしてみれば国の著明人達が固まってほいほい歩いているというのだから目を向けざるを得ない。尤も本人達は気づいてはいないが。


「肉まん…肉まん美味しそうですねぇ…」

「おい、食うのは買ってからにしろよ」

「ちゃんとお金くらい払いますよ!貴方ちょっと失礼ですね!私を何だと思ってるんです!?」

「…土食う何か?」

「何かって何ですかもー!さすがに怒りますよ!」


袋いっぱいに肉まんを買って店を出たテオドールの背中を流し見しつつ、クロードも店員に声を掛ける。


「ピザまんひとつ」

「追加であんまんふたつお願いします」

「おいジェイミーてめぇ、自分の金で買えや」

「あ、あのっ、お金なら、僕がっ」

「いやいい、払う」

「えっ、えっ、あのっ、」

「いやぁ、ごちそうさまです」

『アザマァース』

『…えっ!?売り切れ!?そんなのってある!?』

「あ、ちょ、お前ら待てって!置いてくな!」


二人分多く買わされたことに対してぶつぶつと文句を漏らしながら、ぶんぶんと袋を振り回し外へ出て行くクロードとしてやったり顔なジェイミー。それを慌てたような面もちで見ているリリス。そして店内に残されたイヴも急いで会計を済ませて外へ出る。


「やー美味しいですねー」

「お前、さっき肉まん買ってなかったか…?」

「あーあれですか?とっくの昔に食べましたよー。いつの話してるんですかー、イヴくん」

「いやお前のせいで肉まん買えなかったんだからな!全部買い占めていくな馬鹿野郎!」


先ほど保温器内にみっしり並んでいた全ての肉まんを買い占めて出て行ったテオドールの手にあるのは、これまた大きな容器にびっしり詰まったおでん。それはもう、おでん。おでん。


「で、イヴ神父何買ったんです?」

「ガリガリ君」

「さっむ!!」

「何お前馬鹿なの?死ぬの?ドヤ顔でこっちにアイス向けんな死ね」


ホットスナックをかじる面子を傍目にがさがさとアイスを開けているイヴがいる。クロードにヤジを飛ばされてもめげない悄げない。むしろ飛ばした方が空気の寒さに打ちひしがれている、なんという様だ。


「さみーなー」

「ったりめぇだ馬鹿」

「あっこれ、痔に響く」

「アイス食って痔病悪化とか馬鹿だろおい馬鹿」

「馬鹿馬鹿言うんじゃねぇよ!この双葉野郎!」

「馬鹿に馬鹿って言って何が悪い」


あまりの寒さにいつもより口の悪いクロードと何を言われてもめげない悄げないどらげないイヴの痴話喧嘩に誰も口を挟む気はない様子。普段は何かと止めようと必死なリリスも、隣にいるジェイミーにあんまんで餌付けされている始末。テオドールに至ってはおでんの世界に入り浸っては一人幸せそうである。


「おでん…至高の食べ物…ああ、アーメン」

「あんまんむぐむぐ」

「リリちゃん、半分頂戴」

「むぐむ…ぁ、は、はい。どうぞっ」

「こんびにって、楽しいですねぇ…ああ、おでん」

「またみんなで来ましょうねっ!ねっ!」


コンビニエンスストアの楽しさを満喫している面々は、コンビニの前に延々と屯している。軽い営業妨害である。否、考えようによっては広告たり得る可能性も無きにしもあらず。いやはや、国の上層部ともあろう者達がこんな所で一体何をしているのか。本当に、色んな意味で謎が多い聖職者達である。


「…くっ、腹が」

「それ見たことか」

「俺のことは構わず先に…」

「じゃ帰るわ」

「決断が早い!ちょっとは構えよ!!」

「だって俺のことは構うなって」

「ちょっとカッコつけたかっただけだろ!!察せよ!!!」

「逆ギレ乙」


勇んでアイスを食べていたイヴはごろごろと鳴る腹を抱えてトイレへ直行。彼は相変わらず自分の痔病を悪化させるのが上手である。ある種勇者なのかもしれない。そんな彼をコンビニのトイレに置き去りにして、色々満たされた上層部は追い出された職場へ向かって歩いていく。嗚呼、何とも薄情な人達だこと。




「あー、お腹いっぱいですー」

「そりゃあんだけ食ってりゃな。お前、おでん自分で作れよ」

「ちょっと鍋買わないとだめですねー」

「作る気なんですか…」

「…おでん、とても美味しそうでした」

「美味でしたよー!」


談笑を交わして歩く面々の息は白い。
腹も満たされ、表情は皆満足そうで、足取りも軽い。トイレで気張っている約一名を除いては。
寒空の下をのんべんだらりと歩き、元いた場所に帰り着けば、いよいよ空も降り出した。はらりと舞い落つ結晶ひとつ。


「寒い寒いとは思っていましたが、まさか降雪とは」

「…さささ寒いっ、早く教会に入りますっ!さむい!」

「右に同じく」

「雪って味気なくてあんまり美味しくないんですよねぇ…」

「…食う前提で言うな。食いもんじゃねぇよ」

「いいからっ!早く!行きますよっ!!」

「リリちゃん必死すぎ」


ぐいぐいとジェイミーの袖を引っ張りながら早く早くと急かすリリス。今この現状がとても耐えられないという様子。寒さを極端に嫌う彼ならではの反応、とでも呼ぶべきか。何はともあれ、掃除も終わり静寂に満たされた教会の中へ足を踏み入れる。


「いやぁ、綺麗になりましたねぇ」

「書類も綺麗さっぱり」

「ああ、御三方の書類はまた後ほど執務室にお持ちします。燃やされては敵いませんからね」

「ゲッ」

「あらまぁ」


あからさまに嫌そうな顔な顔をした二人を置いて、リリスを連れてさっさと教皇室へ入っていったジェイミー。残された二人は顔を見合わせどうやって逃れるかを考えたが、何も良い策は思い浮かばなかった。コンビニに残されたイヴは未だ姿を見せない。彼はまだあそこで気張っているのだろうか。


「あ、おかえり」

「霧音さん、ただいま帰りました…」

「何処行ってたの?」

「ちょっと、その…お掃除をするからお外へ出ていてほしいと言われたので…」

「それでちょっとコンビニに」

「ああ、そう」


教皇室にいた霧音を見つけて、事の顛末について談笑。イヴは未だにトイレから生還ならず、と漏らせば至極どうでもいいという目で見られた。
本当に、この国の上層部連中は脳天気である。仕事をサボる輩はいるわ、痔病持ちはいるわ、食土奴はいるわ、ドMはいるわ、双葉はいるわ、ドSはいるわ、人種的にもちょっと自由度が高すぎるというのも考え物である。そしてこの上層で一番まともな人間が、齢十を過ぎたばかりの子供だというのだから驚かざるを得ない。本当に、駄目な大人たちである。


ああ、今日も国の上層部は平和。脳内お花畑が何人集ろうとも、文殊の知恵には程遠い。
ああ、今日はいつにも増して寒い日だ。


End.
16/1/16


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