9/19 One hour Writing!!

9/19 ワンドロ/ワンライお題
  「フリル」「食前酒」「季節外れ」
  「凍った秒針」
  「生クリーム少々、スパイス少々で出来た僕/私」

 >>「その本は、開けてはいけない」





「その本は、開けてはいけない」

「その本だけは、」


ふと夢で、昔のことを思い出した。

昔、オレがガキの頃の話で、もう500年も前の話になる。まだ、哀哭の地に、オレの実家が存在した時。オレが、まだ純粋でいられたあの時代の話。一度も怒ったことの無かった親父が、たった一度、あの日だけ酷く怒っていた。それがすごく印象的で今でさえぼんやりとではあるが、その記憶が海馬の片隅に残っているくらいだ。その時のオレにとっては酷く身に沁みたことだろう。

父親が子供を叱ることは躾としては当然のことで、むしろ何故親父がオレを一度も叱らなかったのか疑問に思う。まあ、あの親父の性格上、人に対して怒りを見せることが難しかったのだとは容易に推測できる。それが、自分の子供に対してであっても、だ。今思えば、能天気で、馬鹿みたいに明るくて、人一倍お人よしな人間だったような気がする。もしかしたら、もう人間であることを止めていたのかもしれない。まあ、そんな話は所詮与太話の域。今ではもう記録も記憶も曖昧だ。枢機卿だった親父が残した記録なんてものは、所詮この国の記憶でしかなかった。記憶として残っていたのはオレが枢機卿に就任する前に届いた手紙一通だけだ。…あれも、記憶と言っていいものか甚だ疑問ではあるが。


して、その叱られ話の中身とやらは。
話の筋としては至極単純で、オレが親父の書斎に勝手に入って、勝手に本を読もうとして怒られただけの話。


「クロード」


その時の親父は、怒りを露わにしているというよりかは、悲哀というか憐憫というかそんな類の感情が綯交ぜになっていたような、そんな顔だった。


「お父さん、ごめんなさい」


きっと当初のオレはそんなことなど露知らず、ただ泣いて謝っていただけだった。勝手に入ってごめんなさいだとか勝手に本を読んでごめんなさいだとか、きっとそんな謝罪は全て的外れだったんだと思う。


「クロード、あのね」


親父がオレを宥めようとして掛けた言葉でさえも、恐怖を煽って泣いてしまっていたんだろうな。ああ、本当にガキだった。何も知らないガキだった。何も知らないままでいられたら、きっとオレは今頃普通に人間として生きて死んでいたかもしれないな。それは、有り得ない未来だった訳だが。


「キミが此処に入ったことも、此処の本を読むことも禁じる気はないよ。怒る気だってない。でも、」

「…でも?」

「キミが手に取ったこの本だけは、何があっても開いてはいけないよ」


その時は、親父はそう言ってオレから取り上げた分厚い本をさっさと本棚に戻してしまった。


「お父さん、あの本には何が書いてあるの?」


何度訊ねても、親父は口を噤んでしまって、何も言ってはくれなかった。そんな、明らかな隠蔽は、子供の好奇心を煽るのに十分過ぎるほどで、だからきっと、オレはその本を開けてしまったのだ。



オレはその本で、自分の理解を超える事象に出くわして、それで、どうしたんだっけ。たぶん、また親父に、


『その本は、開けてはいけない』


そう言って親父は、オレに何をした…?


『全部、忘れるんだ。此処で見たこと、この本の中身を、―――記されたキミの未来を』




「―――オレの、未来?」


机上の紙が音を立てて舞う。折り畳んだ紙と羅列した文字。
あの、“誰が書いたか分からぬ3枚の履歴書”に書かれた文字は、あれは、




「…やられた。あンのくそ親父…!」




合点が行った。
枢機卿は悪魔と契約を結ぶ。その時、契を結んだのが未来を見通す者だったならば、親父が怒った理由も隠匿した理由も全て納得できる。
あそこには、街が沈むことも、オレが吸血鬼になることも、…枢機卿に就くことも全てが記してあった。水の底に沈んでしまった本はもう探し様が無いけれど、今進んでいる道が全て書き起こされている。今から先の、これからだって。
生者は、良い結果であれ悪い結果であれ未来を知ればまともには生きれない。

親父は、ノクス・ベルゼンはそれを恐れたのだ。
時計が狂ってしまわぬようにと、誰にも見つからぬようにと、自分の教会諸共捨て去ってしまおうと策したのだ。

全ては、父親の一存で自分は振り回されていたのだと知ると、腹が立って来た。


「覚悟しとけよ、くそ親父」
今度、草の茂った場所に、お礼参りと洒落込もうか。



End.
15/09/19


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