昼下がりのとある夢
夢を見た。
君が死んでしまう夢を。
なんて最悪な夢だろう。
冷たく、虚しく、寂しい、
そんな夢だった。
「お鶴チャン」
自分の声で目が覚めた。
酷く焦燥に駆られたような、切羽詰まったような、今にも押し潰されそうな声だった。一瞬、本当に自分の声かどうか疑った程に脆弱な声だった。
何故。
理由など知るものか。ただあるとすれば妙に現実的で冷たい夢を見たから、きっとそのせいだろうと思う。
「鶴チャン…」
胸が痛む。苦しい。もうこのまま心拍も止まってしまって、と。
君の音がしない部屋で、ただひたすらに君を呼んでも無意味だと気づくのに、ずいぶんと時間を要した。時計を見れば昼下がり。いよいよ空も泣き出した。
雨音が水を打ったように静かな部屋を通り過ぎていく。カーテンの隙間から見上げた空は一面雨雲に覆われて、昼間だというのに酷く暗い。
ずっと、我慢していたのだろうか。
「何処に、行ったんだ」
“出掛けて来ます。”
テーブルの上には紙切れがそっと佇んでいる。
彼が出て行ってから何日目だったか。壁に掛かる暦表を見ながら溜息を吐いた。もう、かれこれ一週間も会っていない。ずっと愛してきたあの目に、肌に、傷に、触れていないのだ。嗚呼、なんてことだ。これではいつ気がおかしくなっても不思議ではない。
「…」
しとしとと静かに降っていた雨が、ざあざあと音を立てる程に激しさを増したのは、もう日も沈む頃。元々薄暗かった部屋が、隣にあるものさえ認識できなくなるくらいの暗さを持った。こんな時間まで、自分は何をしていたのだろう。何かをしていた記憶が無い。寝ていたか、あるいは何もせずにただ茫然としていたのか。手持無沙汰に時間は過ぎていく。
「…お鶴チャン、…早く帰って来てよ……」
早く、一刻も早く、この胸の中にある孤独を払って。
長椅子の上で、両膝を抱えて座り込む。
胸の痛みを隠すように腕に力を込めて、ぎゅっと目を瞑った。いつものように、頭を撫でて、笑いかけてほしかった。この場に誰もいないこの時間をどうにかして消してほしかった。
でも、今君はいない。
長椅子に座ったまま、刻々と時間は過ぎて、気付けば空も明るくなって。泣いていた空も、いつの間にか光に照らされて明々としている。
朝になっても、昼になっても、夜になっても、それを何度繰り返しても君は帰って来ない。何故だ。
こんな日が何度も続いた後に、また夢を見た。
君が、紅い水に溺れて、死んでいく夢。
オレの目の前で、紅く染まって、じっと動かなくなって、それから、
すごく色鮮やかで、すごく無機質な夢、
…夢?ほんとうに、それは、夢だった?
君が死んだのは、夢だった?君がオレの前からいなくなったのは、夢だった?
―――――夢じゃ、なかった。
オレはまた、独りになってしまった。
君と逝けないこの身体を憎んで、咽いで、蔑んで。
それを忘れようとして体が勝手に取った、自己防衛だった。君がいるように、君の隣で今日も笑えるように、と取った自己防衛。
でも、結局無駄だった。
気付いてしまった。君のいない、この現実に。
ああ、全てが夢なら。
君も、オレも、全てが泡と消えてしまえば良かったのに。
End.
15/04/17
▽後書き
鶴くんが、死んでしまう夢を見たそうです。
これは所詮夢です。夢なんです。現実こそが夢、と思い込んで。
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