全てを君に捧ぐ

同棲中のクロ鶴


久しぶりに、夢を見た。
とてもとても幸せな夢で、ずっと見ていたいと思える夢だった。内容はよく覚えていないけれど、幸せな夢見だった。




尤も、夢から覚めた今だって、それはそれは幸せだけれど。




「クロード?何を朝からにやにやしてるんですか?」

「ちょっと楽しい夢見ちゃって」

「楽しい…どんな夢だったんですか?」

「あんまり覚えてないんだけど、何か幸せな夢だった」

「そう、なんですか?」

「そうなんですー」


自分の体温で温まった布団の中、眩しい朝日で目が覚めた。
眠気に微睡む目で窓を見遣れば、窓辺でカーテンを開ける最愛の人が映る。ただそれだけで随分な幸せを感じることができるなんて。


「ほら、起きてください。朝ごはん冷めちゃいますよ?」

「んー…」

「…そろそろ刀の試し斬りがしたいと思ってたんですよね」

「起きます」


むくり、と上体を起こして大きく身体を伸ばせば、それにつられて欠伸が一つ。度々出る欠伸を噛み殺しながらもそもそと布団を畳み、いつの間にか部屋の入口に移動していた鶴之丞をやんわり抱き締める。


「おはよう、お鶴チャン」

「はい。おはようございます、クロード」


鳥の囀りを小耳にしながら、いつもと変わらない日々が始まるのだ。




「(そういやもうすぐお鶴チャンの誕生日…)」


彼の誕生日を知ったのはつい最近だった。彼の育ての親である夜から半ば強引に聞き出した情報なのだが。誕生日を知ったは良いものの、さてどんなものを送ろうか。
送りたいものは、もう既に決まっている。だからこそ、悩む。君に合うものは。


「鶴チャン、野暮用でちょっと中枢に行って来る」

「そう、なんですか…?枢機卿の招集でも?」

「んー…まあそんな感じ」

「わか、りました。いつ戻られるんですか…?」


思い立ったら何とやら。
ちょっと、と一口に言っても中枢教会と此処 憤怒の地では大分距離があるが、そんな些細なことはクロードにとって風の前の塵に同じ、なのである。
不安そうに眉根を寄せる鶴之丞を抱き締めながら、ぽんぽんと頭を叩く。まるで子供をあやすかのように。


「ちゃんと帰って来るからね」

「…はい」

「お鶴チャンをびっくりさせに帰って来るから」

「は、い……って、え?」

「行って来るねー!」

「どういうことですか!?ちょっ、ちょっとクロード!!」


鶴之丞の慌てたように上ずった制止の声を背中で聞きながら、クロードは中枢教会へ向けて馬を走らせた。
遠方の地に妻を置いて出張する夫の気持ちってこんななんだろうなぁとふと思う。これからはあまり家を開けないでおこう。早々開けることはないだろうけど。






「相変わらず、人が多い…」


すれ違う人をするすると躱しながら、市場を巡る。露店や店舗を流し見しながらひたすらうろうろと。
ただ、中々探しのものは見つからない。彼に合うものが見つからないのなら、全く以って意味がない。真上にあった太陽が山の向こうに沈んで、それを何度か繰り返した頃、仄明るい灯りに照らされた、それを、


――――――見つけた。





「中々、帰って来ませんね…クロード」


壁に掛かった暦表を見ながら、大きな溜息を吐いた。
朝っぱらから思い立ったように出かけて行ったきり、3日ほど連絡が無い。書簡くらい飛ばしてくれれば良いものを。まるで不安になれと言わんばかりだ。今日は、今日だけは、ずっと一緒にいたかったのに。


「…やっぱりちょっと、寂しいです」

「寂しくさせて、ごめんね?」


背中に軽い衝撃。それとほぼ同時に頭の上から降ってくる声。


「お鶴チャン、ただいまー」

「えっ、あっ、え、おおおかえりなさい…っ!!」

「ちゃんと帰って来たよ?約束通りね」

「そ、そうですねっ」


わたわたと慌てている鶴之丞の頭を撫でながら、いつものにんまり顔を浮かべる。笑顔と声音を変えないまま、謝罪をひとつ。


「ごめんね、仕事で中枢に行くって言ったの、あれ嘘なんだ」

「…はぁ!?ど、どういう意味ですか!?浮気ですか!?!?」

「…何で浮気になんの。お鶴チャンちょっと落ち着こう?今日、お鶴チャンの誕生日でしょ?」

「そ、そうですけど…何で知ってるんですか、僕教えましたっけ…」

「ジジイから聞いた」


だからね、君のプレゼントを探しに。
耳元でそっと囁けば、薄橙の肌がかっと朱に染まる。笑みながら彼の前に跪き、左手を取って、その薬指にそっと指輪を通した。状況の飲み込めていない鶴之丞に、言葉を吐く。


「鶴之丞神父。君の一生をオレに下さい。オレの全てを君に渡すから、君の全てをオレに下さい。」


そのままちゅっ、と軽いリップ音を立てて薬指にキスを一つ。触れた彼の手は熱く、震えている。


「くろ、ど…」


そして、手と同様に声も酷く震えていた。
顔を上げれば、顔を明々と染め、必死に涙を堪えている鶴之丞と目が合った。


「…嫌、だった?」

「ちが、…ちがう……」


首を傾げてわざとらしくそう聞けば、勢いよく首を横に振られる。その否定に喩えようの無い安堵に包まれる。拒絶されなくて、安心したのだろうか。いやむしろ拒絶されることを少しでも考えていた自分に少し腹が立った。


「ふ、つつかもの…ですがっ、おねが、い…します…」

「あはっ、誕生日おめでとう。お鶴チャン。これから先、どうぞ末永くよろしく」




オレの全てを、君にあげる。
どうか、愛も、想いも、感情も全部全部受け取ってほしい。君に、君だけに。その代わり、オレの全てを以って君を幸せにしてみせる。
君に会ってから、君だけしか見えなくなってしまったオレを、君は笑うだろうか。




本当は、覚えていたよ。
この状況を伝える夢の中身なんて。
君がいたから、幸せなんだ。ねぇ、お鶴チャン。


愛しているよ。世界でたった一人の君を。



すべてを捧ぐ。君が産まれて来てくれた、この日に。



End.
15/02/06
HappyBirthDay to鶴之丞!
産まれて来てくれて、ありがとう。






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