一話 特別少年飛行隊一破

『此方大川通信塔司令本部、東の空よりドクタケ軍戦闘機を二十余確認。“向かう敵は容赦なく撃墜せよ”とのこと』

「了解した」

──特別少年飛行隊一破隊長黒木庄左ヱ門、十三歳。常に冷静な一破の頭脳であり、空の司令塔。空戦における指示は、彼の無線によって出される。

「我らが大川の領地を荒らしたこと、死んで悔いるがいい」

躊躇いなく引かれた発射レバー。眼前の機体は木っ端微塵になる。その最期には目もくれず、ひらりと右に旋回し、また次の機体に狙いを定める。その両側には、ぴたりとくっついて飛ぶ二機の戦闘機の姿があった。

「おーい虎若ぁ!どっちが多く墜とせるか勝負しようぜ!」

──特別少年飛行隊一破所属加藤団蔵、十三歳。コントロールに長けた彼が操縦する機体は、その鮮やかな旋回から空駆ける馬“天馬”と呼ばれている。飛行技術、バランス感覚において彼の右に出るものはいない。

「おう、望むところだ!」

──同じく特別少年飛行隊一破所属佐武虎若、十三歳。後に“撃墜王”と呼ばれる彼の銃撃は、抜群の命中率を誇る。一度狙った獲物は逃がさない、ターゲットを一撃で仕留める狙撃の達人。

戦闘において、庄左ヱ門が先頭を飛び、団蔵、虎若はその列機として彼をサポートする役割を担っていた。

その時、三機の背後で銃声が響いた。

「こんな奴ら、僕一人で充分だ」

──特別少年飛行隊一破所属皆本金吾、十三歳。一破が誇る凄腕パイロット。知力、体力、飛行技術共に平均以上、バランスが取れた能力を持つ。養成所で“暴君”七松小平太に鍛え上げられた反射神経とテクニックは伊達じゃない。

基地へ戻れ。そう三人に手信号で合図する金吾の横で、新たな爆音が轟いた。

「悪いけど、獲物は俺が“貰う”ぜ?」

──特別少年飛行隊一破所属摂津のきり丸、十三歳。素早いスピードを生かした頭脳プレイを得意とする。世の中金が全て、命知らずの貪欲なパイロット。

きり丸の余裕な笑みに、金吾もふ、と息を漏らして答えた。

「いいや、絶対“あげない”」

二機は互いの尾に噛み付くように空中で旋回を繰り返す。呆れたように溜め息を吐き、庄左ヱ門は列機の二人に無線を繋いだ。

「此方庄左ヱ門、基地へ戻るぞ」
ざざ、と雑音に紛れて伝えられたその言葉に、二人も顔を見合わせて苦笑した。

「了解」


**********


「帰ったぞー!」


機体から下りた団蔵は暑苦しい帽子を脱ぎ、ふるふると身震いした。無造作に伸ばされた癖の強い黒髪がそれに合わせて揺れる。

「おい、団蔵!」

不機嫌そうな声が彼の名を呼ぶ。
「あ、兵太夫ただいま!」

団蔵が呑気に手を振る一方、その少年の眉間には深い皺が刻まれていた。

「お前、また無茶苦茶な戦い方しただろ」

──大川空軍直属機体整備士笹山兵太夫、十三歳。彼は主に飛行兵が乗る戦闘機の整備を担当している。機体の損傷や故障、エンジンの不調、あらゆるトラブルも彼にとっては朝飯前だ。

「銃身が焼けてるし、翼に皹が入ってる」

彼ら整備士は帰還した機体の状態から、その飛行兵がどのような戦いをしてきたのかが一目で解る。
「…あ、あぁー、悪い悪い!」

解っているのかいないのか、曖昧に誤魔化して笑う団蔵に、兵太夫は猶も文句を言いたげに口を開く。

「だからぁ、お前は…」

「まあまあ兵太夫、それくらいにしといたら?」

二人の後ろから虎若と並んで此方にやってくる一人の少年。

「三治郎!」

──同じく大川空軍直属機体整備士夢前三治郎、十三歳。兵太夫同様飛行兵の機体整備を担当する。持ち前の観察力を生かし、細かい故障に逸早く気がつくことから、修理だけではなく飛行兵から個人的にメンテナンスを頼まれることもある。

「ほらぁ兵太夫、スマイルスマイル!」

「しょうがないなぁ、今回だけだか…」

「ちょっと金吾ぉ!」

「「!?」」

四人は、声がする方を一斉に振り返る。

彼らと目が合った金吾は罰が悪そうに俯いた。その隣にはもう一人、少年が立っている。

──大川空軍直属機体整備士山村喜三太、十三歳。彼も兵太夫や三治郎と同じく一破の戦闘機の修理を担当している。


「金吾、この機銃痕…一体どうしたの!?」

喜三太は語気を強めて金吾に問う。指差すその先には、あちこちに銃痕が残された金吾の戦闘機があった。

「別に…っちょっと敵を深追いし過ぎただけだよ!」

喜三太はその言葉に尚も納得がいかないといった様子で金吾を見つめていた。

「ははっ!じゃあお前の操縦がよっぽど素人なんだね」

「っなにぃ!?」

挑発するように笑った兵太夫の胸ぐらを、金吾が掴み上げる。

「ちょっとちょっと!二人とも仲良くしようよー、ねっ?」

──同じく大川空軍直属機体整備士福富しんべヱ、十三歳。同じく一破の機体整備を担当する。その体格から、戦闘機の搬入や軍事物資の運搬など、力仕事を任されることも多い。


飛行基地の隅でその様子を遠巻きに見ている二人の少年がいた。

「ねぇ庄左ヱ門…なんだか揉めてるみたいだけどいいの?」

──大川軍事基地通信塔通信隊員二郭伊助、十三歳。主に無線による飛行兵との連絡や、情報、司令の伝達、電報の受信を担当する。

伊助は隣で飛行基地の壁に寄り掛かる庄左ヱ門に訊ねる。庄左ヱ門はちらりと彼らの方に目をやり、ふ、と笑って答えた。

「あれでいいんだよ。夜になれば僕らは、いつものように同じ釜の飯を食べるんだから」

その言葉に、伊助も笑う。

「うん、そうだね」

こんな喧嘩はよくあること。互いを仲間として認めている証なのだ、と伊助はそう信じた。


その時、飛行場に強い風が吹く。最後まで戦場に残っていたきり丸の戦闘機が、滑走路に着陸したのだ。団蔵たちも皆、戦闘機のもとに集まる。

「よぉ、ただいま」

操縦席からきり丸が下りてくる。その機体には、ほとんど傷が見当たらなかった。

「ああ、おかえりきり丸」

その傍に庄左ヱ門と伊助が駆け寄る。

「随分と延長戦を楽しんだようだね?」

庄左ヱ門の問いにきり丸は何も言わず、ただ黙ってその横を通り過ぎた。

「みんなー、何してるの?」


「「乱太郎!!」」

──大川軍救護隊員、猪名寺乱太郎。救護隊は、主に怪我人の手当てや看護など、医療活動を中心に行う。また、救助申請などの緊急事態には自ら戦場に出向くこともある。

乱太郎は帰還したきり丸の元に駆け寄り、にこりと微笑んだ。

「おかえり、きりちゃん」

「ああ、ただいま」

ゴーグルを額の位置に押し上げ、白い刃を覗かせてきり丸が笑う。

「ところで乱太郎、僕らに何か用があったんじゃないの?」

庄左ヱ門が乱太郎に訊ねる。通常、救護隊員は軍事基地周辺に設けられた特別救護施設にいる為、飛行基地に足を運ぶことは余りない。因みに、通信隊員、整備士も飛行兵舎とは違う建物にそれぞれの隊舎がある。

「そうそう!はい、これ…」

乱太郎は庄左ヱ門に一通の手紙を渡した。どうやら司令状のようだ。

「…潮江文次郎先輩からだ」

その言葉に、一瞬飛行兵たちの表情が固くなる。

「なあ、なんて司令が出たんだ…?」

団蔵がそう訊ねると、庄左ヱ門はその紙を皆の前に掲げた。


『大川軍特別少年飛行隊一破 黒木庄左ヱ門、加藤団蔵、佐武虎若、摂津のきり丸、皆本金吾 以上五名の卒業を認める』


彼ら五人は空軍に所属し飛行兵として戦闘を行っているが、実際はまだ大川飛行兵養成所の訓練生、通称飛訓であった。特別少年飛行隊一破が結成された当初、彼らはまだ十三歳になったばかりだった。あれからもう一年が経とうとしていた。遂に彼らも養成所を卒業し、一人前のパイロットとして大空に羽ばたく時がきたのだ。

「行こう」

一破の飛行兵庄左ヱ門、団蔵、虎若、金吾、きり丸の五人は、軍事基地本部へと向かった。


**********


「失礼します」

伝達室と書かれたその部屋は、通常入ることは許されていない。部屋の中央に立つ一人の男を前に、五人は敬礼をした。


「よく来たな、お前達」

──大川飛行兵養成所教官潮江文次郎、十八歳。彼は一年間庄左ヱ門達飛訓の指導を行った、鬼教官として有名な男だ。それと同時に、優秀なパイロットとしてもその名は広く知られている。

「話は司令状に書いた通りだ」

そう言って文次郎は水色のバッジを一つずつ彼らに手渡していく。それこそが飛行兵の勲章、一人前のパイロットである証であった。五人は首に巻かれた揃いの空色のスカーフにバッジをつける。そうしてもう一度敬礼をし、部屋を出た。


──特別少年飛行隊一破のパイロットは、結成当時六人いた。

では、欠いた一人とは誰か?


**********


先程まで一破が行っていた迎撃任務、文次郎はその空戦の様子を空より遠く離れた地上から眺めていた。

子供は無邪気だ、それ故残酷だ、と彼は眉を潜める。一年前、養成所に入り立ての頃はあれほど臆病だった小さな少年が、こうも容易く人を殺すようになるとは。

その視線の先には、団蔵が操縦する機体が躍るように宙を舞っていた。

「潮江先輩!」

文次郎が振り向いたその先にいた少年。

「ああ、乱太郎か」


彼、猪名寺乱太郎こそ、“元”特別少年飛行兵一破の六人目のパイロットだったのだ。

基地には、大川帝国総帥大川平次渦正を讃える軍旗が靡いている。


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