小噺壱

【善法寺と綾部】ドシン、と派手な音と共に、視界から消えた身体。急いで駆け寄ると、私の掘った蛸壺にすっぽりハマってくれた一人の先輩の姿。うん、本日もお見事。君はよっぽど僕が嫌いなんだねぇ、と苦笑いした貴方をふふんと鼻で笑ってやる。じゃあ、好きですよなんて言ったら貴方は笑ってくれるのですか。

//裏腹

【七松と平】はらりはらりと舞う紙切れに綴った想いは今尚胸の奥深くに。届かぬ言葉は意味を持たずに地に積もる。拝啓もう逢えぬ貴方へ、お元気ですか。私はまだ笑えずにいます。出逢えたことを幸せだと笑うことが出来たなら、貴方と本当のさよならをしますね。今はまだ、弱い私を笑って許してください。想いは、伝わったでしょうか。

空からの便りは、まだない。

//寂しい恋文

【浦風と三反田】※6年生
真っ白な包帯が手際よく腕に巻かれ、はい終わり、と目の前の君が笑った。簡単な忍務だと侮っていたのがいけなかったのか、侵入した城内に仕掛けてあった罠で右腕を切ってしまった。手当てを終えたそこをじいっと見つめる数馬にどうしたの、と尋ねれば、痛くない?と此方に向けられた心配そうに揺れる瞳。全然平気だよ、と強がるも傷はズキズキと痛み、なんだか自分が情けなくなった。あぁ、もっと強くならなきゃ。君には笑顔でいて欲しいから。

//傷口に塩

【尾浜と鉢屋】久々に一人で町をぶらぶらしていると、見慣れた後ろ姿を発見。勘右衛門、と肩を叩けばあれ、三郎じゃないか!と振り返った丸い瞳と目が合う。そうだ、これから団子でも食べにいかないか、と満面の笑顔で誘われたけれど。「せっかくだが私は遠慮するよ」さっきからお前の着物から漂う甘い匂いだけで腹一杯だ、と肩を竦めればえぇー、と残念そうに眉を下げる。でもまぁ、甘いもの食べてる時のお前の顔は嫌いじゃないから、団子くらいは奢ってやろう。

//観察日記

【3ろ】※18歳
戦を終え山を下りる途中、油断した隙をつかれ敵兵の生き残りに右足をやられてしまった。地面を這う力さえもう残っていなくて畜生、と舌打ち一つ残しそのまま草むらに仰向けに倒れる。辺りは既に闇に包まれていた。すぐ傍には敵兵の死体に蝿が集っていて、漸く死の恐怖を覚える。まだ死にたくねぇなぁ、なんてうっかり考えてしまったら、不意に泣きたくなった。「作兵衛」懐かしい声が聞こえて、目の前の草むらから勢いよく飛び出してきたのは。「三之助…左門!?」お前ら他の奴等と先に城に戻ったんじゃなかったのかよ、と聞けば、途中ではぐれたのさ!と何故か満面の笑顔。あれだけはぐれんなっつったろ、と顔をしかめれば、はぐれたのは作兵衛じゃないか!と左門が大口を開けて笑った。こいつらに見つけて貰ったのは初めてかもなぁ、と二人に肩を支えられ歩き出しながら思う。作、何笑ってんのー?何でもねぇよ!さあ、さっさと山を下るぞー!ああ、馬鹿、そっちじゃねぇよ。
//樹海

【田村と平】たまたま廊下ですれ違ったそいつは酷く窶れていた。艶のない傷んだ髪、目の下にくっきりと残るどす黒い隈。ふらふらと覚束無い足取りで教室へ向かうそいつに随分と酷い格好だなぁと笑ってやると、なぁに、あの人のお役にたてるのならこれくらいなんでもない、と鼻で笑われ、何故か無性に悔しくなる。七松先輩、私に鍛練のお手伝いをさせて下さい!夜中、あの暴君にそう声をかけたことを、次の日私は後悔することになる。

//一途

【皆本と七松】ぼたぼたと大粒の涙を溢す小さな後輩は、強くなりたいんです、と真っ直ぐな瞳で言った。ほら、泣くな!乱暴に頭を撫で回せば、ぐしゃぐしゃになった髪を整えながら、泣いてません!と膨れっ面。そういえばこんなやり取り、昔したことがあったような。ああ、そうだ。こいつくらいの年の頃、まだ泣き虫だった私にいつかの先輩がそうしてくれたんだったか。

//泣き虫な少年たち

【平と田村】もう笑えないな、と三木ヱ門が泣き腫らした赤い目を擦った。敬愛する先輩、潮江文次郎が死んだのだ。部屋の片隅には手つかずの食事がぽつりと残されている。それほどまでに愛していたのか、と問えば、力なく頷く。もうあの人の為に笑えなくてもいい。私の為に笑ってくれないか、と抱き寄せれば、お前は優しいなぁ、と寂しそうな田村の声が耳元に痛く響いた。愛しい人、どうかもう一度だけ笑っておくれ。愛してくれとは言わないから。

//孤独な夜

【伊賀崎と田村】見慣れた背に伊賀崎、と声に出しかけて息を呑む。墓石の前で手を合わせるその肩が僅かに震えている。気配に気づいた伊賀崎が此方を振り返り、慌てて目元を袖で拭う。そうして寂しそうに微笑み、彼らは、幸せだったでしょうか、と問う。私にはよくわからないけれど、幸せだっただろうな、と返した。彼の横顔、涙に濡れた長い睫がとても綺麗で、よくわからない私まで何故か泣きそうになった。

//小さき命

【中在家と七松】なあ、長次。木々の合間を走り抜ける中、小平太が此方に声をかける。いつも頭を撫でてくれる先輩の手がこんなにも血で汚れていること、可愛い彼奴らは知らないのだろうなぁ、と小平太はぽつり呟いた。まだ乾かない誰かの血で赤く染まった手を見つめるその横顔が一瞬泣きそうに歪められ、瞬きの後みたそれはもういつもの明るい笑顔だった。帰ろうか、長次!空元気に小さく頷きながら思う、獣と呼ばれるこいつは、きっと誰よりも心優しく、それ故苦しいのだろう、と。


//不幸な野獣

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