小噺玖

【斉藤と綾部】タカ丸さん、後一歩でも此方に近づくと僕の落とし穴に落ちますけど、どうしますか。 構わずタカ丸は一歩踏み出す。忠告通り、地面は崩れた。あちゃー…今度は本当だったかぁ。僕は嘘吐きですからねぇ。だからもう大丈夫ですから、あの人がいなくても。うん、知ってる。だからね、それって全然大丈夫じゃないよ。もっと頼ってくれてもいいじゃないか、そう言ってタカ丸は遥か上から穴の底を見下ろす喜八郎に、手を差し伸べた。全く、貴方って人は。今手を差し出すべきは、僕でしょうに。そう呟いた彼は、そっとその手を握り返した。

//救世主

【潮江と加藤】ふらふらと隣を歩くそいつは大口を開けて欠伸をした。うんと眠そうで、うんとお気楽なそれに、こいつは本当に何処までも自由な子供なのだとなんだか可笑しかった。徹夜三日目、無理もない。予算会議はもうすぐそこだ。

//幼子よ

【鉢屋と不破】人間とは、実に不思議な生き物だ。不完全な心は愛を生み、不器用な心は優しさを生み、不安定な心は言葉を生み、不揃いな心は個性を生む。そして私は、君の隣で不確かな愛と不可能な永遠を求める。

//なんと不合理

【七松と竹谷】先輩、先輩。俺、我が儘言ったことないだろ。何時だって何だってあんたの言うことやること全部受け止めてきたんだ。否定も非難も、したことないだろ。飼ってる生物だって、後輩だって、しっかり面倒みてる。良い子になったろ、賢くなったろ、優しくなったろ、強くなったろ。まだ頑張れるから、頑張るから一つだけお願い聞いてくれますか。「還って、きてくれよ。」望みを叶えてくれる神も仏も此処にはもういない。

//崇拝

【神崎と田村】頭ん中、要らないもので一杯だよ。その癖心はすきだらけなんだ、可笑しいだろ。すきだらけ、ですか。そう、彼奴と別れた今でも、何時までも。貴方が掠れた声で絞り出した言葉、ずしりと重く響いたそれは、どちらに解釈しても、どちらに変換しても、きっと正解なのだと思った。

//すきだらけ

【鉢屋と尾浜】なあ勘右衛門、愛とは何であったか、私がもう一度教えてやろう。上手く言葉に出来ないけれど、きっとな。お前がそうして一人で食べる団子も、甘い味がするようになるだろう。ああ三郎、せっかくだけどそいつは遠慮するよ。味のないこれにも、漸く慣れ始めたところさ。それに美味かろうが不味かろうが、結局の所こいつに生かされてる事実に変わりはないんだから。
そう言ってまた一つ串を放り投げたそいつは、酷く寂しそうな声で御馳走様と呟いた。

//なくしたものとは


【田村】お前は誰だ、何だその目は。何だってそんな顔するんだ。ああ止めろ、止めろくれ。何が憎い、何が赦せない。そんな風に私を見るな。醜い顔、お前など死んでしまえ。砕けた破片に映された自分自身に叫んだ。

//鏡よ鏡

【神崎と伊賀崎】その子は追いかける、愛する毒虫達を。そうしてふらりと何処かへ行ってしまう。僕の知らない遠くへ。ありふれた命、代わりなどたくさんいて、そこから一つ死んだって生まれたってどうせわからないくせに。抱えられるものだけ傍に留めていようなど、それは不合理だ。ああ、そうさ。ならば、僕一人の命、どうなろうと君には興味のないことだろう。そう言って彼は長い睫毛を伏せ、静かに微笑んだ。そのまま踵を反して走り去る。その行方はきっと、僕にはわからない。何処までも美しいその子は、どうやら僕だけの檻に捕まってくれる気などないらしい。

//蝶々

【次屋と平】目の前の彼が余りに苦しそうに笑って感情を噛み殺すので、俺の胸で泣け、などとと柄にもなく思わずそんな言葉を口にした。私が泣くにはお前の薄っぺらな胸板じゃ足らん、と彼は笑った。そんなら全部貸しますから、頭の先から爪先まで、俺の全部を貴方の為に。そう言えばその人は馬鹿めと呟き、僕の胸に額を押し付けた。はて、足りないんじゃなかったか。そう思ってるうち、胸元からう、と喉を震わす声が漏れて、漸く少し安心した。今頬に触れればきっと冷たいだろうから、代わりに柔らかい髪をそっと撫でた。

//非力

【食満と富松】いったりきたり、本当忙しいな。生まれて死んでまた生まれる。どうしてただ一つ、限られた世界に在ることが赦されないんだろう。俺、お前が隣にいる世界で、永遠が欲しいよ。勿論、俺もです。大丈夫、きっとまた、あなたと一緒にいったりきたりしますから。そうか、それなら安心だ。作兵衛、先に逝って待ってるぞ。はい、きっとまた、貴方のもとに。手を取り合うようにして草むらに横たわる二つの死体が、夜明けと共に朝陽に照らされた。

//輪廻


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鉢尾(なくしたものとは)は兵助が死んだショックにより、味覚がなくなる勘右衛門の話でした。

さも三木(すきだらけ)好きだらけ・隙だらけ

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