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01 考察

 飲み過ぎた……。酷い頭痛で目が覚めて気分は最悪。喉もカラカラに乾いてそこら中の空き缶を蹴散らしながらキッチンへと向かった。
 冷蔵庫を開け、ひんやりとした空気に眠気を持って行かれながら、ペットボトルを取り出し蓋を開けてそのまま口を付けた。行儀が悪いことは百も承知だが、自宅アパートでそれを咎める人なんていない。

「あ、行儀悪ぃーぞ」

 うそ、いた。
 浴室の扉が勝手に開き、出てきたのは勝手な男。咎める人がいたけれど、これはいないのと同じ。一瞬だけ何事かと驚きかけたがこの展開には慣れっこだった。

「俺にもくれ」

「また勝手に泊まったの?」

「みょうじがいいって言った」

 どうせそれはまた酔っていた時に勝手にとった了承でしょう。そんなの本当なら無効だから。いつものことすぎて許してやってるだけだから。
 あと少ししか残ってない飲みかけのペットボトルをそのまま渡した。ついでにタオルを腰に巻いただけで出てきた太刀川に、昨日着ていた服を投げ渡す。さて、それで空き缶をまとめる袋はどこにしまったか。
 二限には授業が入っている。急いで準備しなければいくら大学から近いといっても徒歩で十分はかかる。準備にかかる時間を計算しながら、棚から取り出した袋へ床に散らばる缶を適当に投げいれた。あ、ノンアルコールの缶がある。望ちゃんが車で来てたかな?

「……そういえば太刀川。今日一限あるって言ってなかった?」

「おう。あったな」

 あったな。じゃない。完全にもう手遅れ。このドヤ顔男ときたら高校時代から色々手遅れ。数々の伝説を残して卒業し奇跡に近い神業で大学進学まで遂げてるけれど、環境と周囲の人間に恵まれているとしか思えない。
 途中からでも出席する気のない男にも缶を拾わせながら、今日も一日おバカを深めさせてしまったのね、と呆れた表情を意味なく向ける。

 昨夜集まった理由はよくわからないけど、仲の良いボーダー仲間が集って袋いっぱいに酒やらつまみやらを持ち、私の狭いこの部屋へ押しかけてきたことだけは覚えている。お酒にはあまり強い方とはいえないが、こうしてみんなと楽しく飲むのは好きだからついつい飲み過ぎちゃったわよね。
 そういえば昨日、お酒が結構すすんでから「明日一限あるから泊めてくれ」と言われたような気がする。どう返事したかなんて覚えてない。それどころか、その時みんながいたかさえはっきりとはしない。みんながいればさすがに止めただろうから、たぶん太刀川以外みんな帰ったあとだったのかも。いつも最後まで残って勝手に泊まっていく。

 一限があるからっていうより、たぶん帰るのが面倒だったんだろうな。そうでなかったらきちんと一限に出ているはず。のらりくらりと人の家でシャワーを浴びているぐらいだから、そもそも講義に出るつもりなんてはなからなかったに違いない。太刀川慶とはそういう男だ。
 毎度毎度そうだから、今さら朝目が覚めてそこにいても「なんだ太刀川か」程度。他の男ならこうはならないだろうが、三回も四回も続けばさすがの私も諦めた。別になにかされるわけでもないし、手間のかかるノラ猫が迷い込んだのだと思って諦めている。

 つまり、私たちは付き合っていないし、変な体の関係もない。ただのボーダー仲間のうちの一人。もしくはごく普通の人間とおバカなノラ猫(雄、推定二十歳)。





「ノラ猫野郎のくせにぃー!」

 でもこの太刀川慶という男、こんな成りだがボーダーでは最強と言われている。

『ノラ猫? なんだそりゃ?』

 飄々とした様子が通信の声だけでもわかる。緊急脱出させられたベッドの上でジタバタとしてしまうほど悔しい。
 A級一位で、アタッカーランクも一位で、そりゃ部隊にも属していない私が勝てなくて当然かもしれないけど。でも悔しい。私だって日々鍛錬に励んでて、強くはないかもしれないけど弱くもないはずだ。A級とも渡り合えるって迅くんにも言われた! にも関わらず、どうして私は太刀川から一本も取れないのか。迅くんお世辞言ったのか!?

『みょうじも弧月にしようぜ。俺が教えてやるから』

「寝言は寝て言え」

『いま寝てんのはお前だろ』

 愉快気に笑っている声は潜めているつもりかもしれないが、腹が立ちすぎて通信の強制終了。お勉強はあんなにバカのくせして人の神経逆撫でするの上手過ぎない? 忍田さんはそんなことも教えるの? 私も風間先輩にそれを教わってくればいい?
 私はスコーピオン大好きだし、風間先輩という素敵な師匠がいるのになんで弧月にしなければならないの? 考えられないわよ。バカバカバカバカ。
 通信の点滅が切っても切ってもしつこく光る。

「しつこい!」

『なーなー、もう一戦しようぜ』

「いや。太刀川とは二度と個人戦しない。バイバイ」

 バカじゃないの。誰がもう一戦なんてするか。ポイントもなくなるし私の心は削れるばかりだし、太刀川と戦っても良いことなんて一つもない。
 バイバイってわざわざ言ったのにまたも通信は点滅する。

『は!? 待て待て。なんで!?』

「……勝てる気しない。悔しいからもう戦わない」

『そんなこと言うなよ、な? あとでケーキおごって――あ、ユキちゃんからメールだ』

 もう通信切っていいよね。いいよ。うん。自己完結して切ったのに何度目かわからない点滅。鬱陶しい。鬱陶しい。
今度こそ本気で無視して部屋を出たら、隣の部屋から追いかけるように出てきた太刀川に腕を掴まれる。

「手加減しなくて悪かったって。機嫌直せよ」

「ケーキは?」

「あー、それはまた今度で……」

 視線を泳がした太刀川がそわそわとお尻のポケットを触っている。そこにあるのはたぶん携帯だろう。察しのつきやすい行動が、戦闘になると途端に隙一つ見せなくなるのだから不思議だ。
 ユキちゃんだか誰だか知らないけど、好きに仲良くやってくれ。

「信じられない。ポイント返して」

「わかったわかった」

 は? この男本気で言っているの? 自分の中で渦巻いていた黒いものが太刀川の安易な「わかった」で爆発する。返せって言われて返すなよ。自分が勝ち取ったポイントでしょうが。こっちだって泣く泣くポイント取られてんのに。それをホイホイ返そうとするなんて。

「バッカじゃないの!? 地獄に落ちろ!」

 出てきて言い合う私たちを、口を挟まず見ていた出水が小さい声で「いまのは太刀川さんが最悪っす」と教えてあげていた。出水、高校二年生なのにとってもえらい! もっとその男を教育してやって! その男最悪だぞ!

「えー。オンナゴコロって難しすぎね?」

 可哀想に出水。ごめんね。太刀川慶というおバカはどうやってもおバカだわ。






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