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02 不信なホワイト



 私は出水からの唐突な告白にわりと即決で「いいよ」と言ったわけだ。一つだけ警告はしたけれど、深く迷いもせず。
 その場で連絡先を交換して、その日はバイバイして。夜には出水からメールがきた。

『なまえって呼んでいい?』

 だって。いちいち確認しなくても好きに呼んだらいいのに。もう彼氏と彼女なんだから。こちらが許可してないのにそう呼んでくる男子だっているぐらいだ。気にする必要なんてない。
 出水は忙しいから頻繁に連絡がくるわけではないけど、暇をみては些細な連絡がくるし、なんとなく途切れずにやり取りを繰り返している。休日にデートなんてほぼ不可能だし、放課後一緒に帰ることも一週間に一回程度。
 そんなものだから、友人たちに出水と付き合い始めたことを報告してもなかなか信用してもらえなかった。私としては毎日会いたい会いたい好き好きアピールされるよりはずいぶんと付き合いやすいのだけどね。
 これでしばらくは彼氏持ち女子たちから「なまえは可愛いけどクールだもんね」と上から目線のマウント取られなくて済むだろう。



「お姉ちゃん、ご飯中に携帯見るのはダメなんだよ」

「あ、ごめん」

「……もしかして、カレシ?」

 ニヤニヤした表情でこちらを見てくる妹は気が付けば、おませさんに成長しているらしい。小学三年生の頃の私はもっとぼんやりとしていた気がする。
 最近よく携帯見てると指摘され、下手な言い訳の必要もないと判断した私が「そうだよ」と言うと、嬉しそうに妹は笑った。こんな年頃の子さえ男女の恋のもつれがお好きなのね。

「かっこいい?」

「うーん。うん。顔はいいんじゃない?」

「走るの早い?」

「普通かな。あ、でも、ボーダーでは最強らしいよ」

「え! ボーダー隊員さんなの!?」

 ボーダーは三門市民にとってヒーロー的な存在ではあるが、子どもたちにとってはさらにその傾向は強い。小学校のクラスでもボーダーが大流行。妹も中学生になったらボーダーに入りたいなどと言っているし父親のこともあるから、憧れはひとしお。あの日の記憶が鮮明な私はとてもそんなふうには思えないけど。

「サイキョウなの!? 嵐山隊!?」

「ううん。なんだったかな……興味ないから忘れちゃった」

「おねえちゃん」

「ん?」

「カレシに興味ないとか言うのサイテーだよ」

 まさか小学生の妹に指摘されるとは。怪訝な顔している妹へ早く食べなさいと急かして誤魔化したけど、その通りだ。私は最低で酷い女だと思う。
 出水はいいやつだ。まだひと月程度の付き合いだけど、それぐらいはわかる。一年の時もいいやつだと思っていた。気さくだし接しやすいし。変に気を張らなくていい。それは今も健在らしく、無駄に多くの猫を被らなくて済んでいる。
 どう表現すればいいかわからないが、出水は私にたくさんの気持ちを求めてこない。それがどういうことなのか突き詰めるより、私にとってぬるま湯みたいなこの関係の居やすさに黙って満足していた。

「来週、追悼式で会えるかな?」

「どうだろうね。きっとまた嵐山隊だよ。いいじゃん嵐山隊の嵐山が一番好きなんでしょ?」

「うん! でも三輪隊の奈良坂もすき! とってもキレイな顔してるんだよー! あと加古隊の加古さんも美人だし、黒江ちゃんなんて中学生なのに――」

 強すぎる憧れが妹のボーダー話を止めてくれないものだから一つも食器が片付かなくて、この日は寝るのが遅くなってしまったほど。
 私たちの学校にはボーダー隊員の子なんてゴロゴロいるものだからそこまで珍しさみたいなものはない。彼氏がボーダー隊員だったぐらいだしね。

『来週、追悼式に行くよ。ボーダーな出水が見れちゃうかな?』

 なんてちょっとはしゃいだ感じでメールを送っておいた。私からは初めて送ったかもしれない。
 父親が亡くなってからは欠かさず家族で行く追悼式。昔住んでいた家のあった場所も今は立ち入り禁止の警戒区域になってしまったが、その日だけはボーダー隊員の護衛付きで一部立ち入りを認められる。
 父親は私たち姉妹を庇って亡くなった。だから決してはしゃいだ気持ちになんてなれるわけはないのだけれど。




 その夜は出水から連絡が返ってこず、返事が来たのは翌日の昼前。

『その日はおれの所属する隊だけで北地区の防衛になってるわ。残念』

 残念なことなんて一つもないんだけどね。同じように『残念だね〜』と適当に返したら、昼休み一緒にご飯食べようだって。これはちょっと珍しいお誘い。お付き合いの手法を変えて来たのか出水?

「遅くなってごめんね。いつもお昼は友達と食べる約束してるの」

「おー。いいよ」

 お心が広いこと。前の彼氏はたまには俺と食べても良いだろ的な圧をかけてきて鬱陶しかったなぁ。そういうこと言うから一緒に過ごす時間を減らしたくなるんだぞという思い出。
 西階段の最上階へ呼び出された私は来てみてなるほどと納得した。ここは給水塔が置いてある狭い屋上へ続く階段で、その屋上への鍵も閉まっている。一つある窓がから差し込む陽光だけが陽当たりを作っている程度。その割に埃っぽくないのだから、つまり“そういう場所”なのだろう。すぐ下の階で他学年が行き来する音が聞こえるのが唯一の救い。
 私は躊躇いを見せずに出水の隣りへ腰をおろした。

「追悼式いくの?」

「うん。一次侵攻の時に父さんが」

 妹が出水に会いたいと言っていたことを話すと、「おれのこと家族に話してんの!?」と見るからに嬉しそうに恥ずかしがっている。彼氏だよって紹介したと話せば、さらに照れくさそうに「やめろよ〜」なんて肩を軽く叩かれた。表情がちょっと緩んでいる。話しちゃったのはなりゆきだし妹にだけしか言ってないけどね。
 妹は嵐山と奈良坂って人が好きなんだって、と話せば「なんで奈良坂?」と今度は顔を顰められる。表情豊かだなぁ。

「強くてかっこいいから?」

「あいつが!?」

「うん。狙撃の名手なんでしょ? それに綺麗な顔してるよね、奈良坂って人」

「言っとくけど一番強いのはっ――……あー、なんでもない……」

 変なところで区切った出水は多少なり悔しかったのだろうか? 不貞腐れてるのだろうことは見て取れる。あくまでも妹の感想だから。自分で最強とか言っちゃうくらいだから強さは知れてるけど、出水も整った顔してるよ。
 嵐山隊は追悼式に参加するし、三輪隊の防衛任務は追悼式がある近くの地域だったからもしかしたらちらっとは見れるかもしれないという情報だけはもらった。妹のために有益な情報をありがとう。

「あ、そうだ。シュークリーム買ってきたの。一緒に食べない?」

 コンビニで買った小さなシュークリームがいくつか入ったパック。出水が好きかどうかではなく私が好きでお昼休みに友達と食べようと思って買ってきていた。友達が出水に替わっただけ。袋を開けて差し出すと指先で一つ奪われていく。
 ケーキ屋のちょっとお高いシュークリームも好きだけれど、コンビニのチープな味わいも嫌いじゃない。

「甘い物好きなんだな」

「うん。好きだよ」

 シュークリームは特に。口の中に広がる甘さに乗じて口元を緩ませる。もう一つ食べるつもりなのか出水が手を伸ばしてきた。

「リスみてぇ。髪も茶色いし」

 食い意地張ってるって思われるかもしれないが、私が買ったシュークリームだから一つでも多く食べようと口に入れていた。それを見て楽しそうににやにやと笑っている出水に、頬張っている頬を手の甲で撫でられる。嫌、というわけではないが少しだけ驚いて控えめに引いてみた。
 出水ってこういうとこある。恋愛初心者っぽい初心な一面を見せてきたり、ちょっとしたことで恥ずかしがったり照れたりするくせに、時々こちらのことおかまいなしに臆せず触れてくる。たぶん本人は何の気もなくやっていることなのだろうが、巷の女の子ならときめきでキラキラの星でもでちゃうんじゃないかな。

「出水は――」

 だから私も口の中を急いで空っぽにして、何の気もなく出水の髪に触れる。耳の上らへんを掠めるように指を通して。出水の髪も猫みたいにやわらかい。

「ハチミツレモンみたいでおいしそう」

 出水の表情はまさに巷の女の子みたい。ぶわっと頬を染め、うるっとした瞳の奥を開いて私をじっと見つめる。それから息を飲む気配がした。
 髪を撫でていた私の手はいつの間にか掴まれている。男の子だから大きくて、男の子なのに繊細そうな指先で。出水の手は熱い。
 さっきまでシュークリームを食べていた唇が甘いキスをした。
 こちらをうかがうような視線が逸らされたあと、彼は少しだけ悔しそうな表情をする。

「ふふ、出水かわいー」

 ごめんごめん。私が出水の思うような反応をしないからそういう表情をするのかと思うとおかしくて、つい笑いが漏れてしまったよ。余計にむすっとしないでよ。もう一度同じ言葉を言いたくなる。

 出水から向けられる好意が、鬱陶しかったり嫌悪を感じるわけではない。触れて、キスして。少しずつ終わりに近付いていると感じるのは、酷い話だけど、私が壊れているだけだから。
 悔しそうな出水をみてもう一度「ごめんね」と呟く。