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11 紅緋色へとフルアタック



 カラオケから数日は過ぎているが、メールを送るか悩んで結局やめた。今伝える言葉が見当たんない。これで学校の廊下なんかで出会ったりでもしたら合わせる顔もないんだけど、そんなこともなく日は過ぎた。
 あの日のことは悪い事をしたと思ってはいても、謝りたくはなくて。今謝ったらおれの気持ちも、言ったことも全部否定するみたいで嫌だから。
 でも、このまま別れたいわけではないから、謝って事が治まるならそうしたいほど精神的には落ち込んでいる。情けないったらねーよ。
 何度も『ごめん』と打っては消して。情けない言葉を送らずにいられるのは、変なプライドがギリで引きとめてくれているから。

 多少はなまえの気持ちもおれに傾いていると思っていた。たぶんあれは自惚れじゃない。
 なまえが抱えている色々はちょっとずつ絆せば良かったことで、まだしばらくは曖昧なままにしておこうと自分でも決めていた。仁礼や柚宇さんから聞いた話が事実なら、踏み込めば傷つけることなんて明白だった。
 なのに、あの失恋ソングはないだろ。
 なまえはいつだっておれに壁を作っていた。踏み込ませない壁。わかってたからおれもわざわざ踏み込まないでいた。でも、あんなの歌われたら、誰だってその壁の向こうになまえと元カレがいるんじゃないかって嫉妬するだろ。今もまだ元カレのことが忘れられないほど好きなんじゃないかって。
 みのりが、なまえはおれとメールしている時キラキラがあると言っていた。玉狛のチビじゃないけど、あれが嘘ではないことぐらいわかる。元カレが忘れられないなら、なまえはきっとあんなふうに照れたり笑ったりしない。そんなことが素直にできる女なら、実のない噂がいつまでも消えないはずないだろ。
 だから、なまえの想っているやつが元カレでないのは確かだけど、おれでもなかった、ってことがめちゃくちゃ悔しい。
 米屋へのヤキモチなら可愛かったのに。トイレから親しげに戻ってきたのには羨ましいと思ったけど、それに妬いたのはたぶん米屋の彼女のほう。


 朝よりも早すぎる時間に始まる防衛任務はあんま好きじゃないけど、一日学校を休める分にはありがたい。授業よりも防衛任務のほうがいい。どうやって敵を攻略するか、そんなことに脳を使う方がはるかに楽しいしワクワクする。こんなんだから槍バカと同列扱いされるんだよな。
 落ち込み気味ではあるけど防衛任務はきっちり励む。公私混同はしない。約束したから。なまえと。警報音が届くよりも早く倒すって。別れるとは言われてしまったけど、それだけはきちんと守りたい。……いやこれめちゃくちゃ公私混同してるわ。
 公私混同でもなんでも被害を出さなければいいんだ、と割り切って任務を終えて本部へ戻ってきたのは午後すぎ。

「あれ、みのり?」

「あ! いず、み……」

 今いるのはボーダー本部のラウンジ。今日は小学生の施設見学があるとは聞いていない。見慣れない少女の隣りにいるのが沢村さんっていうのもあって、黒江よりも小さなその存在は際立っている。
 なまえの妹だ。こっちを見て嬉しそうな表情をしたかと思えばすぐに顔を顰めた。あー、やっぱりそういう表情になるよな。

「どうしたんだよ? お前こんなとこ来ていーの?」

「出水くん知り合い?」

「えっと。そうっすね。……同級生の、妹っていうか……」

「おねえちゃんの! 彼氏! でしょ!」

 しっかりしてよと憤慨した様子に、沢村さんも目を瞬かせておれたちを交互に見やると「へぇ〜」とニヤニヤした笑みを浮かべる。肯定も否定もしないで曖昧に笑うと余計にみのりが頬を膨らませた。

「お家と学校から申請があってね、SE検査をしにきているの。話を聞いたらボーダーがとても好きらしくて、ついでに本部内の簡単なところだけ見学中で――あ、ごめんなさい。ちょっと呼び出しが」

 出水くんちょっとだけ見ててくれる? とみのりを預けて離れた場所へ移動した沢村さんは端末への呼び出しに応じている。今日はちょっとコレと二人にされんのは気まずいんですけど。後輩との個人戦の予約もあるし。夕方だけど。
 とは言えない状況で。しかたなくはぐれたりしないよう手を掴もうとしたのに払いのけられてしまった。普段ならこんなことで怒ったりなんてしないけど、今日のおれは虫の居所が悪いんだぞ。
 屈んで視線を合わせたら不貞腐れた顔を向けられた。面影はたしかにあるけど、その表情からなまえを見出すのは難しい。だってあいつこんな表情しねーもん。

「姉ちゃんとおばさんには許可とってきてんのか?」

「あたりまえでしょ。……ずっとダメって言ってたのに、一昨日、お姉ちゃんが、良いって。そしたらお母さんも良いって言ってくれて」

「なら良かったじゃん。んでも、あのなまえが折れるなんて、どういう風の吹き回しだ?」

「……出水きらい」

 は? なんて?
 ぷいっとそっぽを向かれた。いくらなまえの妹とはいえ、これはほっぺた抓んでもいいやつだよな? 突然嫌いなんて言って良い道理はねーんだよ、と言いかけて我慢する。相手は小学生。別れを切り出されても好きな女の妹。

「あのさ……せめてなんでお前までそうなんのか教えてくんね?」

「だって! わたし信じてたのに……出水までおねえちゃんにひどいことすると思わなかった! きらい!」

「ひどいこと、って?」

「知らないよ! おねえちゃん泣いてた! きらい!」

 そりゃ泣くよな。自分でもあんなふうに押し倒して押さえつけてあんなキスできる男だと思ってなかった。あのなまえが泣いているところを想像しただけで苦しくて息が止まりそう。

「そんな顔するならおねえちゃんにごめんして!」

 言葉とは裏腹に怒っているような、泣きそうなような。どっちもだよなぁ。
 
 沢村さんが話し込んでしまっているから、みのりを適当な席に座らせてジュースを買ってきてやった。いらないと拒否すんのを「いーから飲め」と無理矢理わたすと不貞腐れた顔で受け取る。自分にも炭酸ジュースを買って喉を潤す。こんな些細な刺激でもないとやってらんない。

「おねえちゃんね、何年か前もすごく雨降ってる時があったの」

 テーブルを挟んで目の前に座るが、買ってやったジュースの蓋を開けることなく両手で握ったまま。みのりが口を尖らせたままぽつりとこぼした話はまたあの元カレとの話だろう。
 こいつとの会話からたまに出てくる“キラキラ”とか“雨が降ってる”とか、それはこいつにしか見えない視覚が表現されたもの。

「降ってる雨を全部隠すみたいに濃い色の青で。わたしが話しかけると笑うんだけど、とっても悲しそうだった。それがずっと何日も続いたかと思ったら、おねえちゃん突然髪の毛を明るく染めてきて……逆におねえちゃんの色が透明になっちゃって。それって、なにも嬉しくないってことだし、悲しくもないってことで……出水、言ってることわかる?」

 自分の知っている言葉で一生懸命伝えようとしているのはわかるから、うんと頷いて先を促した。

「ときどき色が付くんだけど、それもとっても薄くて。楽しいよって言ってくれるけど、そんなの嘘だってわかってた。でもね、出水と付き合い出したって聞いてからは違ったんだよ! 色もね、薄いけど可愛くてね、小さいけどキラキラがあって。出水がおねえちゃんの気持ちを変えたらから、ボーダーのことも許してくれたし。本当は、今も……」

「今も?」

「――ごめん待たせたね! 次の検査押してるから行こうか。またね、出水くん」

 戻ってきた沢村さんにならって、みのりは立ち上がった。待って。大事なことが聞きたい。今はどうなの? でもこれは本人ではなく、妹から聞いたらあいつにとって不本意なことかもしれない。何よりおれは“別れる”って言われた。
 沢村さんに隠れて振り向き、ベッと赤い舌を出したみのりは、口だけを動かす『出水のばーか!』って。あんっのクソガキ〜!



 約束していた後輩には『今日都合悪くなったごめん』と連絡を入れた。換装体を解き作戦室へ投げ置いておいた自分の鞄を引っつかんで急ぎ本部を出た。学校に戻るより、家の前で待つ方が早いだろうか。手に持ったのはほんの少しは気持ちを買収できないかって思いで買ったコンビニのシュークリーム。今も泣いているなら、これでせめて泣き止ませるくらいできないだろうか。
 うじうじもモヤモヤも自分には最初から向いてない行為。壁とかさ、そんなの考えても無駄だって告白した時からわかってたよな。百発で足んないなら千発撃てばいいだけ。フルアタックでシールドごと削り倒すのがおれの得意技じゃん。
 キラキラも雨も、色も、全部、全部おれが


「――出水?」


 あっつ。走ったら汗かいた。水色にクリアな空が陽射しを遮らないから余計に暑い。いったん落ち着こうと、なまえの家のすぐ近くにある公園の前で息を吐きだして屈んだ。でも、声がするから思わず勢いで顔だけ上げて。

 え。みのりのSEって感染でもすんの?

 顔を向けた先。水色の空を背景にしたなまえの表情はいやに黒く見えた。