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10 韓紅からドロップダウン



 不用意に傷つけたのはおれだけどさ。別れるって言ったのは自分のくせにそんな悲しそうに傷ついた顔すんのは卑怯だろ。
 いつか言われるんじゃないかって思ってはきたけれど、予想以上に大ダメージ。ベイルアウトもできそうにないかもよ。残された部屋でソファーへうつ伏せに倒れ込み、唸るしかなかった。




 時は少し前へ戻って。
 なまえの妹のSEで呼び出された件以降も、相変わらずの関係だった。多少悪化するかとも思っていたのにそんなこともなく。最初に比べたら悪い雰囲気でもないし、いくぶんかは柔らかいと思う。けれど、なまえの気持ちが動いているかっていうと、そういうわけでもなさそうで。なんとかもう一押しできることないかなぁとこれでも試行錯誤を考えている。
 そんな時、まさか友人からつまんない話を聞かされるとは思いもしていなかった。

「出水、みょうじさんの元カレ知ってる?」

「しらね。興味もねぇよ」

「愛されてる男は違うなー。いやさ、みょうじさんが一年の時付き合ってた彼氏っていうのが最低な男だったらしくて。俺の姉ちゃんがそいつと同級生で、それで聞いたんだけど」

 興味ないって言ってんのに。なまえの反応からして絶対いい話なわけないから聞きたくなかった。聞く時があるとすればなまえの口からだと決めていたのに、気持ちの変化に伸び悩んで切羽詰まってるもんだから、どうしようもない意志の弱さ。
 なまえに踏み込むためには知らないわけにはいかないって理由をつけて「それで」と先を促して聞いてしまった。

 そいつの話によれば、なまえが噂されているようなことを全部詰めたような男だった。それどころか無理強いしたとか手を上げたとかクズじゃねえかよ。なまえとしか付き合ったことはないけど、男がそんなことしちゃいけないってのは恋愛初心者のおれでもわかること。
 ただ、人に聞く噂は良いのもあれば悪いのもあって。バスケの繋がりで関わりがあったらしい他の人にも遠回しに聞いてみれば、優しい先輩だったとか、面白い人だったとか。酷いことしたのはみょうじのほうだったらしいとか。
 どれも信憑性に欠けるのは、その男が俺たちの三個上の、太刀川さんと同い年の人で。だから、そもそも情報が少ない。
 それ以外の、おれと付き合う前に付き合っていたという男共は他クラスにいるから、なまえを外見でしか見ていないような男だと知っている。なまえをビッチだなんだと言っているのはその男共で、それまで仲良くしていたのに突然フラれたことへの腹癒せっぽい。どうせ別れたのもなまえの地雷を踏み抜いたんだろう。現にその男共はなまえと二週間程度しか付き合えていない。

 噂話の真相はどっちでもいい。おれにとってのなまえはビッチでも男好きでもなければ、不誠実な女でもないから。むしろ、今までの出来事を思い出しても“男好き”というよりは、逆に苦手なのではないかとかさえ思える。
 踊り場でボーダー雑誌を読んでた時も本当はキスしようかと思ったのに、顔面蒼白になってたのはそう言う理由だったのか。浮かれた気分だった自分を責めたい。まぁ一番最初に付き合ったって男がそんなやつならあの反応もおかしくはないよな。

「でもそれって出水がボーダー隊員だから距離取ってるって可能性もあんじゃん」

「そうなんだよなぁ」

 米屋に相談したところで、なまえが高一の時付き合っていた元カレへのモヤモヤは深まるばかりだ。
 べつになまえを不信に思っているわけじゃない。でもキスでさえ次のステップに踏み出せていないのに、別れる気配さえない。あいつはなにを思っておれと付き合ってんの? 考えたくはないけど、そんなクソみたいな元カレの代わりじゃないよな?

「あのさ。それを、なんでアタシの前で話すんだよ!」

「仁礼は一年の時からみょうじと一緒だからなんか知んねぇかなーと思って」

「はぁー? 知ってても言うか!」

「つまり、知ってるってことだよな?」

 思わず米屋と顔合せてニヤリと笑ってしまった。嫌そうな顔をする仁礼光の口を割らせるのはそう難しくなかった。


 こういうのって身辺調査しているみたいで好きじゃない。こんなことおれが聞いてまわってるって知ったら絶対なまえはいやな顔するし最悪別れが待っている。でも掴みかけた真相の端っこをそのままにしたら事件は迷宮入りだろ? 事件じゃねぇけど。

「太刀川さん、太刀川さん」

「どうした?」

 仁礼から聞き出した情報は今までのどの噂話よりも信憑性があった。
 防衛任務が終わり、書類を出してきた太刀川さんが戻ってきたのを見て意を決した。

「高校の時の同級生って覚えてる?」

「なんだ? どうした急に」

 首を傾げる太刀川さんはやっぱり覚えてないのかもしれない。仁礼から聞いた話では、その元カレは太刀川さんの同級生で、同じクラスの人だったらしい。うちの高校出身のオペ陣の中では有名なやつだったとか。
 仁礼から聞いた通り名前から特徴から列挙する。が、この人、高校時代は勉強も出席日数も壊滅的だったって話だし(現在進行形)、高校時代のことあんま話さないからたぶんあんまり覚えてないのかもしれない。失礼極まりないことを思っていたら、意外なところから意外な言葉が出た。

「あー! それって太刀川さんのクラスにいたちょっとイケメン風の人でしょー?」

「え、柚宇さんも知ってんの?」

「知ってるだけだけどね。顔以外はあんまりいい感じの男子ではなかったなぁ」

「ああ! あいつか! すっげぇ好いてくれてた女の子の処女食って捨てた自慢してた!」

 急にバシンッとひどい音がして見れば、柚宇さんが唯我の耳を塞いで「太刀川さんそれ十八歳未満にしていい話じゃないよー」と牽制する。にこにこ笑っているが怖い圧力を感じて、太刀川さんも手で口を押えて頷いた。唯我鼓膜やぶれてねぇか? 大丈夫か?
 人の心配は別として、おれ自身それ以上その話を聞きたくもなかった。太刀川さんが短く言ったことが全部だろ。





 確信に近い話はやっぱいい話じゃねぇしさー。胸の中がすっげぇ不快。
 話の時期を考えても、なまえが変わった頃とピタリと合う。そりゃ仁礼も話したがらないはずだし、なまえが男子にどこか壁を作るのもしかたないと腑に落ちた。腑には落ちたが、自分の中に広がっている不快なモヤモヤはさらに広がる一方。
 なまえが今その元カレのことをどう思っているかは知らないが、なまえがそいつから来たメールを見て嬉しそうに笑っていた表情は今でもよく覚えている。だっておれには向けられたことがないやつだから。心の底から嬉しそうで、好きが溢れてるような、濃い色でキラキラを混ぜた恋をさせる笑顔。

 心の中のモヤモヤはイライラへと変わっていく。なまえが悪いわけでも責めてるわけでもないから、表面には出さないけど心のどこかでわだかまりは拗れて膨らんでいた。嫉妬というわだかまり。
 米屋たちカップルとカラオケに来た今だって本当はなまえがどう思ってんのか気になって、考えないようにして、今の笑顔が本物か偽物かとかそんな実はくだらないってわかっているようなことを考えていた。

「なんでそんな歌、歌うんだよ」

 歌っているなまえには聞こえなかったと思う。最後に歌うのは一番得意なやつって言ったけどさ。なんでそんな未練ある歌詞の失恋ソングを選ぶんだよ。結構マジで歌ってるし。

 ボーダーだからとか男が苦手とかそんなの全部違って、本当は元カレのことがまだ忘れられないんだろ?



 疑心暗鬼ってやつになったら抜け出せない。酷いことしたって気付くのは一人になって冷静が訪れてから。体のなにもかもを投げ出して味気ない天井を仰いだ。
 させたかったのはあの時メールを見て微笑んだ表情であって、あんな寂しそうに傷ついた表情じゃない。確かに俺はあの日の笑顔を向けられたことはないけど、なまえが心から笑っている表情も何度か見たじゃん。みのりだってなまえにはおれと同じ“キラキラ”があるって言っていた。それらが全部嘘だったわけではないのに、それらの全部をなかったことに、おれはしてしまったんだ。