×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
image

09 失恋を謳うオペラ



 高校生の時に付き合っていてそのまま結婚しました、なんてカップルをなかなか見かけないように、今の時期の恋愛なんて一過性のものにすぎないと私は考えている。そのまま結婚したって離婚する夫婦なんて山ほどいる。反対に出会ってひと月でスピード婚して生涯を添い遂げる人だっているわけだ。
 十七歳の若い私たちには、まだまだ出会いがたくさんあるのに、いま恋愛にこだわるのも本気になるのもバカみたいだと私は思っている。

 一年の時の私はそんなことを考えもしなくて痛い目をみた。四個上の先輩にこっぴどくフラれたのだけど、今ではそれも良い経験だったと思える程度。
 重たい愛はダメ。放置しすぎてもダメ。セックスを拒んでもダメ。
 ならどうしたらいいのか、考えるだけ面倒くさい。最初から好きにならなければいいのだ。割り切れば簡単なこと。
 こんなことを考えながらも、彼氏がいるというのは女子高校生にとって大きなステータスであり箔だ。だから出水と付き合うまでに二人くらい付き合いたいと言われ、適当に付き合ったけれど、私がそんな態度なものだから長くは続かなかった。
 そもそも、こちらは一切気もない状態で付き合っているのだから、「どうして俺のこと好きじゃないの?」みたいな態度とられても。二週間そこらで好きになる要素どこにありました? まあ好きになんてなりませんけど。
 高校生の恋愛なんてこの程度。そんなことで崩れるし、三年間という短い期間のお友達。上級生下級生ならさらに短い。
 そうやって変に達観してしまった私ときたら、青い春を楽しむというより嘲笑っている酷いやつだ。

 こんな醜い私と付き合わなくても出水ならもっといい子と付き合えるだろうになぁ。かわいそー。これはもはや私の中で心の口癖となっていた。

「――で、行くって言ったんだけど。良かった?」

「え? ああ、うん」

 ごめん。きちんと話聞いてなかったから適当に相槌うったよ。ジト目で見られた後に小さな溜息を吐かれ「今日の放課後、米屋たちとカラオケ」とご丁寧な説明をありがとう。もう一度笑顔でうんうん頷いておいた。カラオケね。はいはい。“米屋たち”と言っていたから複数人だし、たぶん米屋とその彼女だろうから、変な雰囲気にはならないだろう。安心してSNSに「今日彼氏とカラオケ〜たのしみ〜」とハートマーク付きで上げといてみる。それを見ていた出水も「なに歌おっかな〜」と楽しげにしていて、こっそり息吐いた。
 付き合い始めて半年を迎えるが、なんとか私も彼女らしく振る舞うことが板についてきたと思う。



 案の定、米屋と米屋の彼女と四人。この会もすでに何度か開かれているし、米屋の彼女は明るくて面白い子だから打ち解けやすかった。
 二時間パックを申し込んで部屋へと入る。楽しそうに肩をくっつけてタブレットを覗き込み選曲している二人を見ながら沸くのも「かわいいなぁ」という感情。羨ましいとかそういう類でないことに苦笑した。

「なまえはなに歌う?」

「んー。あ、そうだ。出水と米屋であれ歌ってよ。このあいだ盛り上がったやつ」

「うげ……それ選曲すんの早くね? あれ喉涸れるんだよなぁ。ならなまえもアレ歌えよ。このまえ練習って入れてたやつ」

 それこそ「ええー」だ。明るくアップテンポの曲で、練習しても上手くは歌えなかったのに。やり取りを見ていた米屋の彼女に「仲良いねぇ」とニヤニヤした顔を向けられる。仲良さそうに見えてるって。良かったね、出水! そんなふうに照れを隠そうと顔顰めなくていいよ、仲良さそうにできているのだから。

 一時間程度歌ったり喋ったりして。ジュースを取りに行くじゃんけんで負けた米屋カップルが一向に戻ってこないの。絶対どっかで良い雰囲気になってるでしょ。しばらくして戻ってきたのは米屋だけで、ニヤけた顔で「先帰るわ〜」と二人分のカバンを持って部屋を出て行った時には「やっぱり」と出水と目を見合わせてこっそり笑う。

「どうする? 私たちももう出よっか」

「じゃあさ、最後に一番得意なやつ歌って帰ろうぜ」

 せっかくの二時間パックだしもったいないもんね。なにが良いだろうと端末を引っ張って好きな歌手の名前を検索した。曲名の羅列をなぞりながら一つの曲が目に入る。
 懐かしいなぁ。
 一番最初の、四個上の先輩にフラれた時に聴いていた失恋ソング。普段甘い恋の曲ばかり歌う歌手が、この時、私が先輩と別れたこのタイミングで出した失恋ソングはいやに耳に馴染んだ。
 あの頃は何度も歌い口ずさんだはずなのに、気が付けば歌わなくなってたなぁ。
 決めかねている出水をよそにそれを選曲すると、すぐに流れるメロディー。あの頃の事をたくさん思い出すのに、あの頃の感情に同調しないのは、きっと、今は――

 聞き入ってくれていたのだろうか、歌い終わった私を出水は真っ直ぐに見ていた。表情は芳しくない。追加の選曲もされていない。少ない経験上、これはあまり良い流れとは思えない。
 こういう時の嫌な予感は当たるもので、「帰る?」と作った表情で笑ってカバンを持とうとしたところで出水の手が私の手を掴んだ。
 「ずっと聞きたかったんだけどさ」と前置いてから出水の顔が近づく。狡猾な私は、拒むと不自然だろうと考えて、出水の、言葉より先にきたキスを甘んじて受けた。
 彼女と二人きりの密室という状況。これが健全な高校男子の反応だよなぁと今さらになって思う。離れたとはいえない距離で出水は口を開いた。掴まれているのは手だけなのに、まるで体全体を押さえつけられているみたいに動けない。


「逃げたい?」


 にげたい? 逃げたい? 私が?
 冷たく、酷薄な笑みを浮かべた出水に握られている私の手首がギリッと音を立てるような気がした。三門市のヒーローがそんな悪役顔できるのか。
 逃がさないとばかりに掴んでおいて、どうしてわざわざそんなことが聞きたいの?

「どうしたの? ああ、さっきトイレから帰ってきたとき米屋と一緒だったからヤキモチ妬いたとか?」

「逃げたいか、って聞いてんの!」

 頭の中が冷静に冷めていくものだから、焦っているふうを装うというのはなかなかに難しく、私は首を傾げて「わからない」を示してみせた。逃げたいか逃げたくないかでいうなら“面倒なことになる前に帰りたい”だ。もう遅いかもしれないと出水の鋭い目を見ながら、それでも誤魔化し方を考える。

「おれのこと怖い? イヤ?」

「ううん。すきだよ。出水のこと大好き」

「そういうとこ軽ぃんだよ」

 間髪入れずに一蹴され大人しく口を噤む。出まかせが通じる相手ではないことはわかっていた。好きかどうかは別にしても出水のことはわりと気に入っていたのにこれで終わるのかと思うと残念だ。
 別れ話か、「なんで好きになってくれないのか」という問い詰めか。どちらかを身構えていたのに、私の手首を掴んでいた出水の手は離れ、今度は指先を絡め取られる。


「おれはなまえのこと本気で好きだぜ」


 空気感が違う。そりゃ私の嘘も通じないよね。だって出水のこれはマジだ。蜜色の瞳に見つめられ、じわじわと熱が広がっていく。
 困ったな。いっそ問い詰められる方が逃げやすかった。喉の奥から乾燥して余計に言葉が詰まる。

「本気でも、そうじゃなくても、一緒にいると楽しいし幸せでしょ? それだけでよくない?」

「よくねーよ」

「なんでー? 今だって楽しいじゃん」

 ふざけた雰囲気で、声が震えそうになるのを上手く誤魔化した。どうか「好き」って言うだけで満足して欲しい。
 ぎゅっと出水の指先の力は強くなる。

「じゃあさ、」

 引っ張られ体勢を崩したところを押されて、私の体はソファーへ倒れ込んでしまい、簡単に出水がマウントをとるのを許してしまった。視界へ映る出水と天井と部屋を照らすスポットライト。
 見える表情には戸惑いを滲ませているくせに、あっという間に触れ合う。その瞬間でさえ、その憂えた表情の出水をどこか堪能している自分がいた。乾いた唇を濡らし、侵入し、引っ込んでいた私の舌先を出水のそれがやわく撫でていった。いつもと違うキスの触感にぞわぞわと粟立つ。
 抵抗する時には出水の体は簡単に離れていった。

「こっから先は? その生半可な“好き”でこっから先もすんの?」

 ほわほわした蜜色の可愛い存在はいない。私を見下ろしているのは、人を食らい艶々した唇を舐める、鋭い獣の瞳を持った男。私の知っている出水公平ではないかもしれない。それなのに込み上がる感情は“怖い”とはちょっと違っていた。
 先に体を起こし、溜息を吐いたのは出水で。
 世間一般で言われるような乾いた音というより、どちらかというと鈍い音が鳴る。逸らされた視線の隙を突くとかそんなことは考えていなかった。半分は反射。自分も体を起こし、投げ捨てるように彼の頬を叩いていた。こんな時に、キレイだと思っていた出水の頬がじわりと赤くなっていくのを見ながら、やりすぎたかもしれないと思うなんて私どうかしている。

「なんで……!」

「あるよ、おれは。これ以上すすんでもなまえを好きでいる」

「そんなのっ、そんなの――ずっとじゃない……」

「ずっと? ずっとおれに好きでいて欲しいって思ってんの? なまえって案外欲張りなのな」

 ちがう。私が“ずっと”を望んでいるわけじゃない。“ずっと”のない好きに意味なんてないって思っているだけ。


「相手にそれを求めんなら、余計にそんな中途半端じゃダメだろ」


 私が本気でも、ずっと、なんてことありえない。それがわかっていて本気になれるわけがない。
 私は、もう二度とあんな痛い目をみたくないんだ。辛くて悲しくて、胸から体が裂けそうで、涙は止まらなくて。失恋ソングが身に染みてヒリヒリとした。心が痛くてたまらなかったあんな思いを二度としたくない、のに……。

 今目の前で私に本気だと言っている男を私と同じような目に遭わせていいの?


「…………わかれる。ばいばい」


 両手で突き飛ばしたら簡単に出水はよろけた。嘘くさいのはそっちも一緒じゃん。好きなら、いま引きとめてよ。そんな様子は微塵も感じられなくて、カバンを掴み部屋を走り出た。
 好きも本気もそんなの口だけに決まってる。ずっとなんて有り得ない。
 手がじんと痛むのと同じように胸が疼くし、目頭は熱く疼く手より熱をもって決壊した。

 私は出水公平に恋しない。好きにならない。
 私は、琥珀色の飴みたいに甘くキラキラと透き通った笑顔を向けてくれる出水を、私と同じように、……傷つけたくないよ。