×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
image

08 蜜柑色にハレーション



 今日見たなまえの恥ずかしそうに照れた顔が最高に可愛かったと脳内では悶絶していた。だってあんな表情見たことなかったし、おれがさせられるとも思ってもなかった。あのなまえが慌てふためく様はようやく素の部分を引き出せたような気さえしていた。詰め寄り過ぎたのは失敗だったけど、あそこで我慢した自分をすごく褒めてやりたい。

「あっ! 出水だぁー!」

 そんな学校帰りに寄り道をして、本部へ向かう道だった。角を曲がったところで赤いランドセルを背負った可愛い女の子に見上げられる。

「おー! 今帰り?」

 純粋そうな瞳を輝かせ「そうだよ」と笑っているのは、なまえの妹。あの風邪引きお守り以来だが、「おねえちゃんがいい」と泣きじゃくったことはすっかり忘れているのか、親しげに話しかけてくる。いや、いいんだけどさ。かわいい。

「出水、おねえちゃんとなんかいいことあったでしょー?」

「へ?」

「そういう色してるもん」

「色?」

 みのりは途端にしまったとばかりに口を押える。わかりやすく後ずさる少女へしゃがんで視線を合わせた。

「色ってなに?」

 ちょっとばかり圧のこもった声だったかもしれない。見る人が見れば幼気な小学生へ詰め寄る怪しい高校生だ。誰が見てもそう。でも腕とか掴んでないし、逃げようと思えば逃げられる距離でもある。そうしないのは、彼女の中で一応おれが“姉の彼氏”という立ち位置だからかもしれない。にしても……おれ、ひどい不審者。
 みのりは恐る恐る視線を上げて、困り果てたように呟いた。

「……おねえちゃんと、ボーダーには、ないしょにしてくれる?」



 本部へ行くまでにもう少し時間があった。家の近くまで送っていくという名目で、手を繋ぎ隣を歩くみのりはしょぼんとした様子。ジュースでも買ってやるって言ったのに「買い食いはだめなんだよ」としっかりとした教育が施されていた。

「わたしね、みんなの気持ちが色でわかるの」

「あー、なるほど。なんだよ……もっとやばいことかと思って身構えただろ」

「……え? 驚かないの?」

「それはたぶんSEだ」
 
 彼女の中では必死の自白だったにも関わらず、あっけらかんとしたおれの対応に首を傾げる。SE、サイドエフェクトという言葉は一般人には聞き馴染みがないよな。どう説明したものか。
 みのりはぽつぽつと自分の能力について語る。人それぞれにオーラのようなものと感情に応じて濃淡だったり、エフェクトみたいなものが視えるらしい。
 本当に「人の気持ちが色でわかる」というなら、影浦さんと同じようなSEなのだろう。でも感情が色でわかるとなると天羽とか迅さんとかと同じS級クラスだったりして。玉狛の雨取ちゃんのようにトリオン量自体も多い可能性もある。

「それは変なモンじゃなくて、ボーダーに向いた能力だな。良かったじゃん! 全試験パスしてボーダー入れるぞ」

「……」

 前に会った時も泣きながら「嵐山の写真みせて」と強請ったり、なまえにもボーダーを好きすぎていると聞いていたから、てっきり喜ぶかと思っていた。みのりの表情には困惑が浮かんでいる。

「わたしが、ボーダー入ったら、おねえちゃんとお母さんが悲しむもん……」

 そのサイドエフェクトやトリオン量のせいで近界民に襲われるっていう可能性もある。そっちのほうがよっぽどなまえにかかる心の負担はデカいに決まっている。しかし、中には今まで何もなかった日常に突如現れた命を脅かす危険な存在とそれを退治する存在、その両方が非現実すぎて受け入れられないという人たちがいる。恐らく、なまえもそっち側なのだろう。

「前はもっとボーダーのこと嫌いだったけど、でも最近は出水のこと知りたいからってボーダーの雑誌も読むようになったりしたんだよ!」

 必死に弁明するみのりは、一生懸命こちらを気遣っているのだろう。どこまではっきりと感情が見えるのかわからないが、なまえがおれのことを話す時に見える感情の色も見えているはず。だからこその弁明だと思うと、無意識にでも漏れる溜息。
 なるほど。“ボーダーのこと嫌い”、ね。そりゃおれも苦戦するわ。

「……ボーダー嫌いって言ったから、おねえちゃんのこと嫌いにならなった?」

「違う違う。なるわけないだろ。ほら、今おれのことどんな色で見えてんだ?」

「うーんと、みかん色! あとキラキラがある」

「みかん? キラキラ?」

「うん。浮かれてる感じ!」

「うかれてるかんじ」

「うん。出水からメール来た時のお姉ちゃんもキラキラあるよ。でもおねえちゃんはうっすいうっすい透明みたいな色だから出水もっとがんばらないと」

「お、おう」

 それはアドバイスと受け取っていいのか、褒められていると受け取っていいのか。でも、この子に見えているキラキラっていうのがおれにもあってなまえにもあるっていうなら――

「ふふ、出水うれしそう」

 みのりの笑った顔は一年の頃のなまえにとてもよく似ていた。




 その次の日。日々のやり取りを割って、なまえから連絡が来たのは初めてだった。それも朝一の授業が始まる前。いつもの階段の踊り場で待っていると、これから戦争にでも行くのかってくらい真剣な表情でやって来た。その緊張染みたものは嫌でもおれにも伝わる。どんな別れ話だろう、って思わないでもない。

「妹のことだけど」

 うわ。あいつ自分で絶対言わないでって言ってたくせに、もうバレてんのかよ。
 思わず引き攣ってしまった表情をすぐに隠そうとしたけれど、「わかりやすいな、出水も」と困ったように小さく笑った。

 あの日なまえが帰ってみたら、すごく嬉しげで様子のおかしい妹を問い詰めたらしい。たった半日で「おねえちゃんには言わない」約束は解消された。
 なまえの真剣さが伝わって、固唾を飲み言葉を待った。

「あのね。私もお母さんも、みのりをボーダーへは入れたくないの。妹は出水みたいに強いわけじゃない。あんな化け物と戦ってなにかあったら……」

 伏せた睫毛は揺れ、胸の前で組んでいる指先も震えている。やっぱり、なまえにとって自分たちの生活を脅かす存在として、近界民もボーダーも同じなのだろう。

「妹に希望を持たせるようなこと、言わないで」

 震えながらも凛とした態度、視線に、なまえはやっぱり以前と何も変わっていないのだなと見当違いなことを考えていた。その真っ直ぐさが好き。いとおしい。
 しかし、踏み込むなと示している境界線の前でなまえは手を伸ばそうかどうしよかと悩んでいるように思えるのは、少なからず彼女の妹の言葉があったから。

「わるい。単純にあいつのSEがすげぇって思っただけだから。そんなつもりじゃなかったんだ。ごめん」

「ううん。私こそ、ごめん」

 なまえはぎゅっと自分の体を抱き寄せて顔を顰める。

「本当はボーダーがネイバーと戦ってくれているってわかってるの。私たちは出水たちに助けられてるんだって。でも妹がそこに入ってしまうのは……こわくて」

 遠くの警報音にさえ怯え、テレビのニュースが非現実を流す度に父親が自分たちを庇って死んだことが現実だと思い出させるのに、妹をそこへは入れられないと言う。
 さすがにこれはなまえの本音だってわかる。泣きそうなのに口をぎゅっと結んでいる様子を見ながらやっぱり“ボーダーも嫌い”ってことだよなと改めて納得していた。おれがボーダーで成すことすべてが、きっとなまえには目と耳をふさぎたい出来事なのだろう。

「そっか。ならさ、なまえに知られないようにこっそり全部片付けとく。警報音が届くよりも早く倒して、絶対誰のことも危険にさらさないから」

「え?」

「だから、もうちょっとの間だけこうして耳塞いで目を閉じとけよ」

 なまえの髪の間に指を通し、両手で耳を塞ぐ。
 おれにはなまえの過去をどうにかはできないから、せめて未来へ向けての約束ぐらいは絶対に守ってやる。踏み込めないならそれぐらいしかできないけど、できることを精一杯しておれを見てもらうしかない。
 驚いた表情の潤んだ瞳と視線が合う。……なんかこれキスする流れみたいじゃん、って一瞬でも考えたらそれに思考は捕らわれてしまって。

「自分で言って照れないでよ」

「くそう……かっこつかねー」

 ううんと否定はしてくれるてるけどすっげぇ肩揺らして笑ってんのが、見えてるから。言ったことに照れたんじゃなく、キスするかどうするかで悩んだなんて言えない。
 伸びてきたなまえの両手がおれの頭に添えられて引き寄せられた。こつんと当たる額同士。上目づかいで見えるのはなまえの笑った顔。
 今はこの顔もすっげぇ好き。惚れてるからどんな表情も好き。大切。

「かっこいいよ出水」

「……せめて笑いながら言うなよな」

 ごめんと呟く唇にキスをして、離れて、笑っているなまえにひっそりと安心する。その表情が昨日のみのりと同じで、小さな確信も手に入れていた。