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07 Realize

 布団の中が温かい。気持ち良くてもう少し眠っていたいが、今日は水曜日ではなかっただろうか。まだ今日を含めて三日も仕事が私を待っている。
 それでもいやに気持ちの良い布団の中から出るのは億劫で、せめて時間だけ確認してみるかと重い瞼を持ち上げた。

「……っい」

 ずいぶんと久しぶりのことだったので、驚いてしまった。目を開ければ、というか思えば私の布団がこんなに温かいわけないのだから、異常が起きてるってもっと早く気付くべき。
 目の前にはすやすやと気持ちよさそうに眠っている勇がいる。
 え、ここ私の部屋だよね?!
 起こさないよう必死に息を潜めて視線だけを動かす。どうみてもここは、勇の部屋でなければあの“隊室”と呼ばれていた部屋でもなく、私のアパートで私のベッドの上。いつもは私が勇のそばへ行っているから、この事態には驚く。どうして勇がここに?
 見れば着ている服も例の換装体ってやつで、どうやら仕事の待機中になんらかの拍子で来てしまったのだろう。
 起こそうかと思ったけれど、すんでのところでやめた。だって勇は今、すごくあどけなく安心した顔で眠っている。最後に見たのがあの狭いソファーの上で窮屈そうに眠っている姿だったこともあって、のびのびと足を伸ばして寝ているのであれば起こすのは忍びなかった。

 あっちにいた時は毎回のようによく見ていた彼の寝顔も、今はずいぶんと懐かしい。いつぶりだろうかと考えてみたら、こうして顔を見るのは半年と少し……いや、もうすぐ一年になるかもしれない。それくらい久しぶり。
 最後に会った時よりも顔立ちは大人びたように思う。過ぎた時間が一年と考えたら、すでに高校を卒業してしまっている可能性もあり、成長していてもなんらおかしくない。自分にとって代わり映えのない一年でも、彼にっとての一年は違っただろう。まだあのボーダーというところに所属しているのだとしたら、きっとそれは尚更で。私の知らない彼の時間が進んでいる。
 勇の寝顔を見つめていたら、心がいやに揺れ動く。

 色んな時、泣かずに我慢してきたのに。
 久しぶりに会って笑いながら懐古に浸る想いなら良かったのに。
 互いのあれやこれやと過ごしてきた日々の話をしてさよならできたなら良かったのに。
 ……もう会わないって決めてたのに。
 決心していたはずなのに、湧き出す感情が「会いたかった」だなんてちっとも笑えない。

 どうしてここにいるのだろう。寝惚けた私の考えは、勇も泣いたのかな、と短絡的なもので彼の頬に涙の痕を探す。起こしたくないのに私は勇に触れたくてその頬に手を伸ばしていた。

「……なまえ?」

 薄く開いた瞼が何度かの瞬きを繰り返したあと、眩しいものでも見るみたいに細められる。

「まぁた泣いてんの?」

 その瞳に映っている私は泣いているの?
 伸びてきた手は私がそうしているのと同じように、頬を包み込んで親指で拭う動作をした。
 寝惚けているのだろうか。泣いたのは自分じゃないのか。言いたいことはすべて彼の名前に詰め込んで呼んだ。

「いさみ」

「ハイハイ」

 頬から離れた手が背中を優しくあやすように叩く。私泣いているのかもしれないって勘違いしそうだった。泣いているなら、甘えて顔を隠したたり、勇の鼓動を聞いて落ち着かせたかったり、そう考えても不自然じゃないもの。
 擦り寄るようにして固い胸に額を当てると、鼓動の音がきちんと伝わる。ちゃんと生きているのだと思うとバカみたいに安心した。
 私は私の生きている世界でやれることを頑張って、楽しんだり辛かったり、また恋でもしようって思っていたのに、一つも上手くいかないの。それをどうしてだろうって考えるたび、頭に過る勇の顔にむっと口を尖らせるしかできない。
 会えるかもわからない、再会したところで彼には女がいるかもしれない、一年も会っていない男に思いを馳せるなんて夢見がちな少女すぎる自分に呆れたくなる。
 呆れたところで、事実には変わりないことだった。私はこの一年ずっと勇のことを忘れようとして、思い出していたのだから。
 勇。
 心の中でもう一度彼の名を呟くと、まるで花がほころぶみたいに胸の中で、甘かったり切なかったり淡いものが一枚一枚咲いていく気がした。


「――あいたかった」


 好きだと言っても良いだろうか。ううん、それは言えない。
 両想いでも片想いでもこんな関係で誰が得するというの? 私たちは“泣けば会ってしまう”というだけの関係に収めておいた方が良いに決まってる。でも、この心に疼く気持ちの意味を知らないほど幼くはないから……伝われと伝わるなと相反するぐちゃぐちゃな気持ちから出た言葉で微笑む。
 私たちは繋がらない世界で生きている。この不安定な関係がいつまで続くのか、いつ終わるのかなんてわからない。神様頼りな関係は恐ろしいほどに不安定だ。毎日泣けば会えるじゃないかなんて考えで不思議な出来事を信用するわけにはいかなかった。
 そんなわけで、彼へ自分の気持ちを伝えるわけにはいかなくて、結局出てきた言葉は旧知の友にでも言えるような言葉。見上げた先の勇はそんな私の言葉に一瞬目をぱちくりと瞬かせて、表情を和らげた。

「俺も」

 彼が背中にまわしていた手が私を引き寄せ、そのまま服の下へ潜り込み背中を撫でた。密着する体以上に唇は溶け合い混ざり合うようなキスを受ける。彼の「俺も」という言葉はあながち嘘でもないみたい。混ざり合う唾液と舌は、最初にしたものよりも濃厚で滑らかに私を解かしてしまった。

「なまえ……」

 顎を伝い、首すじへ降りた勇がチクリと刺すような痛みを残す。理性が、こんなのはダメだやめさせなければと訴えるのに、止められない感情が込み上げる。
 キスぐらい。キスだけ。
 私は自ら求めるように彼の首へ両腕を回していた。一瞬だけ彼はそれを抵抗するも溶けそうなほど熱い視線だけ交えて、されるがまま抱き寄せられてくれるのだから、ダメ社会人と甘やかす学生の図があっという間にできあがる。


 そんな愚かさは神様には見え透いていたようで、いつの間にか私へ覆い被さっていたはずの勇はいたことさえ夢かと思わせるぐらい静かに消え去っていた。残されたのは自分の熱る体と心だけ。
 私の手が勇を消したのか。勇の手が自分を消したのか。明確なことはわからないけれど、“泣く”と“抱きしめる”という行為がきっかけとなることはなんとなくわかった。勇はそのことに気付いていて、だから、さっき一瞬だけ抱きしめられるのを抵抗したのか。
 気付いていても、お互い欲には敵わなかったみたいね。

「……ダメ社会人」

 勇がそう言っていたのと同じように自分を冷笑した。
 冷静さを取り戻し、乱れた服を整えると胸周りがいやにすかすかとする。ブラのホックまでスムーズに外されていた手際の良さには目を瞑ってやろう。




 首筋に残された赤い痕を当然周りは騒ぎ立てる。ハイネックの服でもチラチラと存在を主張する隠しきれない場所だから、どうしようもなくて時間のない朝に服選びを諦めた。

「みょうじさん」

 あれから割と近い関係を続けていた開発部の課長に呼び出される。険しい表情に話の内容は察しはついていた。

「どういうことか聞いてもいい?」

 視線が首元を指す。デスヨネー。と思いながら返す言葉を丁寧に選ぶ。伝えるべき答えは決まっているからそう悩みはしない。
 良い感じの関係だと思っていたが勘違いだったのかと聞かれて、否定はできなかった。私たちは彼の言う通り良い感じの関係で、もしかしたらもうあと数週間後には付き合うとかそういう類の話も出ていたかもしれない。
 でも、自分の気持ちにはっきりと気付いた今は、惰性でこの人を選ぶわけにはいかないの。それに首へ残る痕は明らかに不誠実だ。

「ごめんなさい。ずっと前から好きな人がいました」

 それは会えるか会えないか曖昧な男だけれど。多分抱きしめたら消えてしまう男だけれど。ほんの少しの年齢差で今はまだ手を出すことはできないけれど。
 それでも泣きながら、会いたいと願ってしまうほど恋しい男。

 勇め……今度会ったら覚えてろ。

 いい男の背中を見送り、私は愚かな自分を笑いながら腹を括っていた。
 勇に会いたいと思う間は、一生独身になったとしても私は素直でいることにしよう。