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番外編 Only

 私がこちらに住むようになって勇が遠征へ行くのは初めてのことだった。一ヶ月の長期遠征。カレンダーにバツ印を付けるなんて子ども臭くてしないけれど、あと何日って心の中で数えているから比べようもない。早く帰ってこないかなぁと思っている自分が鬱陶しくて、女々しくて嫌だ。

「それでね、スコープ覗いたら……って、そうか。なまえさん使えないんでしたっけ」

「あ、ごめん。私のことは気にしなくていいから、どういうふうに見えるか教えてもらえる?」

 夏目ちゃんの話は途中までしか頭に入っていなかった。今は勇の変わりに、夏目ちゃんに冬島さんの新作トリガーを試してもらっている。リコイルの改善と照準支援機能が追加されたそれは、冬島さんがここ最近何日も徹夜したり根を詰めて作業して作られたもの。ただ残念ながら私にはなにがすごくて、なにがどう変わったかまではわからない。言葉上では説明できても、実際使ってみてどう違うかはどうしても。
 こっちの世界の人たちが当たり前にできるトリオンの生成が、違うところからきた私にはできない。外見上もなにも変わらない存在ではあるけれど、そこだけは違う。

「んー……だから、あたしはこれをもうちょっとこっちで見るんだけど、撃つ瞬間にブレるっていうか。でもリコイルのブレとは違うから、何度もそれで視線振られると酔いそうな感じで……」

 表面上はうんうんと頷きながらメモを取っているが、さっぱりわからない。


 ただそれは私がわからないだけで冬島さんには伝わる。夏目ちゃんや他の隊員数人にも試してもらったところ確かに的へは当てやすいが、ブレが気になる、という意見があった。それをそのまま聞いた通りにまとめて冬島さんへ提出すると、「ああ、やっぱりな」と納得したご様子。私にはわからないが、みんなは理解できる話。
 他へ行くこともできないし、仕事だから割り切ってやっている。上手いこと溶け込めていると自分では思っているし、きっと周りもそう思っている。でも時々そこに引かれた境界線のようなものが見え隠れして私は自分が違うのだと気付かされる。

「悪いこと、じゃない……悪いことじゃない」

 違うことが悪いことじゃない。こっそりと、何度も声に出して確認しなければならないことだった。

 私はボーダーの中で未だに信用が薄いみたいで、勇という監視役がいないからという理由で家へは帰ることができなかった。与えられたのは本部内にいくつかある宿直室の一室。簡素な作りのその部屋にはベッドとこじんまりとした収納ケースとシャワールームがあるぐらい。トリオンで造られた建物には窓もなく、人工的な白い灯りがこの部屋の簡素さを浮き上がらせていた。いくらなんでもこの扱いは酷過ぎると勇は訴えてくれたけれど、問題を起こしたくなくて「気にしなくていい」と言ったのは自分だ。
 必要最低限しか持ち込めなかったため、勇との物は指輪だけ。せめてもう少し何か持ってくればよかったなぁ。恋しさが身に染みる。

 勇はちゃんと……心配なら、勇のことろへ……もしかしたら、私が、……ダメだ。これは考えてはダメなやつ。
 仕事して、眠って、起きて、仕事して。そんな日はあと何日続くのか。私は向こうにいた頃、何をして過ごしていたのだろうか。

 今泣くと絶対勇のところへ行ってしまうだろう。それだけはするわけにはいかないから、シャワーを浴びることもせず布団へ潜り込んで電気を消した。
 あと何日だろうか。羊とは違ってちっとも寝れなくなる。


 数日後、無事に遠征艇が帰着したと冬島さんから聞いて安堵した。会いに行くかと聞かれ、勢いよく頷いた私を冬島さんが笑う。
 けれど、船から降りた彼は人気者でとても近づける様子もない。城戸司令に報告へ行かなければならないだろうし、後輩隊員たちから遠征のことや訓練のことで話を聞きたがっていた。

「声かけてやんないの?」

「私は夜にでも会えますし。勇も今は疲れているでしょうから。冬島さん会うならよろしく言っといてください」

「……それ本音?」

「さぁ。でも年上って、見栄があるでしょう?」

 変なこと聞かないでほしい。笑って答えたけれど、冬島さんが呆れて頭を掻いているのは見て取れた。遠目から姿を確認しただけで元来た道を引き返す。
 生きてくれていて嬉しい。怖かった。無事に帰ってくれて、本当に……。
 こんな思いを素直にさらせるほど、子どもにも大人にもなりきれはしない。




「なまえ、帰っぞー」

 疲れ果てた様子で開いた事務室の扉。長い脚でつかつかと歩み寄ってきた男は荷物の詰め込まれたスーツケースを引っ掴む。

「あ、でももうちょっと仕事が……」

 立ち上がらない私を見たあと、視線の先は上司である冬島さんへ向く。彼は視線なんて気にした様子もなく「お疲れ〜」とひらひら手を振った。それじゃ困るのに。男はもう一度視線だけで「ほら」と急かすものだから、疲れの見える顔色をこれ以上疲弊させるわけにもいかず、デスクへ散らばる書類やら筆記用具を片付けた。

 お疲れ様でしたと頭を下げて、事務室を出たところですぐに「家」と指定される行先。一ヶ月も空けたから家の冷蔵庫に食べれるものは入っていない。「夕飯は……」という言葉も無視された。
 思い描くのは二人の家。体が柔らかさへ沈んだあと、玄関を想像しなかったことを後悔した。

「い、いさみ……せめて靴を」

 ベッドの上。いつの間に男は私を抱きしめていたのか。器用に両足のパンプスは脱がされ、床に音を立てて落ちた。表情も見えないまま圧しかかる重み。締め付けられる体は苦しいほどだ。反対に私の手は約ひと月ぶりの再会を前に宙を彷徨う。

「勇?」

「つれねぇ女だなぁ。寂しかった、ぐらい言えよ」

「勇が寂しかったんでしょ?」

「…………ああ。寂しかったぜ、俺は」

 呆れ笑うその表情は、きっと全てを見透かしている。私は、なにも言ってはいないのに、またこの男に甘やかされている。こんなんじゃ余計に素直さなんてどっかいっちゃう。
 両手を大きな背に回してこれ以上苦しくなんてなりたくないのに、私は抱き寄せていた。頬を寄せることも溢れそうなほど満たして、足りなくさせて、唇を合せる。互いに呼吸なんて忘れるほどに。

 ねえ、私、勇がいなきゃ……

 想像以上に自分が不安定な存在だった。こんなこと言いたくないのに、思ってしまうと言葉にしなくても涙がこぼれてしまって。少しだけ見開いた目で私を見る勇に、私は笑顔を作って「おかえり」と言うしかなかった。

「いない間に不器用さ拗らせてんじゃねぇよ」

 呆れた勇の指先が拾っていく。そんなの言わなくても察しちゃう勇が悪い。
 温かな指先も圧しかかる重みも、匂いも当真勇が生きている証拠。安心していいのだろうか。
 もう一度奪われる呼吸に身を任せながら、私は行き場のない苦しさを抱かれることで紛らわせた。



 抱き寄せられ胸元にくすぐったさを感じて目を覚ます。幾度かの瞬きの後、胸元に散る髪があった。まるで別人だなぁと喉奥で笑って自分からもその頭へ手を伸ばし引き寄せた。
 私も勇に、必要と、されているだろうか。

 その時ゆっくりと開いた瞼。

「なんだよ?」

「なんでもない」

「そんな熱い視線送っといてそれはねぇんじゃねーの?」

「ち、ちがう……そういうんじゃ」

 ちくりと胸元に刺すような痛み。まだ貪られるのかと一瞬身構えたが、勇の目はとろりとしていた。

「もう少し寝ようぜ」

「わかったから、離して? 寝にくいでしょ?」

 疲れてることなんてわかりきっているのだからきちんと寝て欲しい。狭いと噂の遠征艇ではその長い脚を延ばして寝れなかったのだろうから、私の脚に絡めていなくても。ゆっくり寝かせてあげたいからと、離れるつもりなのに、彼の手も脚も解放してくれない。

「言ったろ? 俺が“寂しかった”って。離れんなよ、なまえ」

 眠そうに、甘ったるく、耳元で、私の抵抗する力を奪い、欲しい言葉をくれる。私はもう一度その頭を愛おしく抱きしめていた。
 なんて罪深いほど優しい男だろう。







匿名さん、3万hitのフリリクにご参加ありがとうございました!
My dear Vega, please don't cryの番外編のリクエストでした
以下お返事

こんにちは、当サイトへいつもお越しくださりありがとうございます。
ベガの話をとても気に入ってくださっているようで、すごくすごく嬉しいです。遠征へ行って寂しい夢主のお話ということでしたがどうでしたでしょうか。気に入っていただけるといいのですが!
落ち着いたらこれの当真編を書けたら(希望)いいなぁと思ってます!
フリリクへのご参加ありがとうございました〜!