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番外編 Spat

遅すぎる昼食を終え、更衣室を出たところで事は起こった。
この時私は朝のことをどう勇へ謝罪するか、不貞腐れた顔を作りながらも考えていた。子供みたいに怒ったのは私だけど、一方的に私が悪いわけじゃないから、勇にも「笑ってごめんな」ぐらいは言って欲しいぞ。
そんなことを考えながら更衣室の扉を開けると、そこには結構な至近距離に人が立っていて、ぶつからないようにと足を踏ん張りつんのめった。

「い、いさみ?」

首を上へ傾げれば、立っていたのは不機嫌そうな顔をした勇。やばい。朝のことを彼も思っていた以上に怒っているのかも知れない。冷や汗をかきながら、自分が今朝何を言ったかを思い出す。
バカに限らず結構な暴言を言ったような気もしないでもない。

「ちょうど、よかったなぁー……朝のこと謝ろうと思って。それからお願いが……」

彼を不機嫌な表情にすることは多々あるけれど、たぶんこれはかなり怒っている時のやつ。ちらちらと様子を伺いながら、途切れ途切れに言葉を吐き出した。

「ごめんね。私が、言いすぎ――」

話しだした途中で咳払いが聞こえ、吃驚して身を凍らす。少しだけ体をずらし見渡すと、そこには冬島さんのデスクがあり、冬島さんが座っている。ここは更衣室が並ぶ廊下ではなく、冬島さんの事務室だ。

「わ、ごめんなさい!」

呆れられると思ったのに、冬島さんは苦笑いをして「みょうじさんも大変だな」と言う。どういう意味か。
泣かずともある程度ならどこへでも行けるようになったのは良いけれど、こうして勇のことを考えすぎて、勝手に勇のところへ来てしまうのは数えきれないほどやらかしてきた。
つまり、今も勝手にやって来た私が、彼の進行中の道を塞いだから不機嫌な顔をされているのだろうか?

「当真が勝手に俺のトラップ使って、あんたをここにワープさせたんだよ」

「そ、そうなんですか。私またやらかしちゃったのかと」

会話は冬島さんとしているのに、すぐそばで睨み見下ろしてくる男から視線を逸らしたら何をされるやら。蛇に睨まれた蛙状態。なるほど本当に大変だ。

「で?」

で、とは。さっきので全てを察してはくれないだろうか。もう一度最後まで謝罪文を述べろということだろうか。先ほどから変わらず無に近い表情の彼におろおろとしてしまう。一体全体勇がここまで怒る理由はなんだというのか。彼の外見が外見なだけに、こんなにも怖い表情をされるとさすがの私も泣きたくなるんだからな。
超至近距離をなんとかしようと逃げ場を探すが、足が引けないほどぴったりと壁に背をつけていた。視線だけでも逃がして彼越しに冬島さんをなんとか助けて視線を送るも、ふいと逸らされる始末。

「お願いっつーのは?」

「え?あ、……ウン。それは、家に戻ってからで……。今は、ごめんねって言いたかっただけだから」

頭上で手をつき自身の体で私を閉じ込める男は、ぐっと眉間に皺を寄せる。それは不機嫌そうを通り越し、いっそ困っているようにも見えた。あれ。これ、なんか私が悪いみたいじゃない?あと絶対に逃げられなくなったよねこれ。

「今、言って」

「む、むり。帰ってから……」

「ダメ。今」

「……」

「ふーん。んな大事な話なのかよ」

大事な、はなし?
いやいやいや。めちゃくちゃに大したことじゃないから言えないのに。むしろこんな仰々しくなるなんて、余計に言い辛くなった気がしてならない。
「そうじゃなくて」と言葉を選んでいる間に冷たい時間ばかりが流れる。

「いい加減にしてやれよ、当真。ガキくさいぞ」

「うるせぇやい」

「いつまでガキなんだか。こいつみょうじさんが指輪外してるから拗ねてんだよ」

「……そう、なの?今日は朝から検査で外しちゃったから」

深っい深い溜息を吐きだした後ようやく身を離してくれたが、恨めしげな視線だけ向けて、すぐに背を向けられてしまった。
まさか勇まで指輪のことを考えていたとは思わなくてじわじわと顔に熱が集う。
この関係を軽んじているわけではない。勇のプロポーズを無下にしているつもりもない。今は何より大事だと思っている。これ以上ないほど幸せなことだ。ただ――年上だから、好きだと素直に言えないだけで。
彼が向けた背中、服の裾をぎゅっと掴んで引き留める。


「謝るついでに、勇につけてもらおうと思って」


言っていることも、そう思っている自分にも恥ずかしくて。ばかみたいに好きだと思っていると伝わらないだろうか。伝わりすぎないだろうか。きっともう遅いかもしれない。

「はぁ?なんだよ……こっちは」

すげぇ不安になったじゃねーかよ、は彼がその場で蹲ってしまったことにより、小さくて聞き取り辛い呟き立った。
前髪笑われたぐらいで、そんなに怒んないけどな。怒ったけど。
言ってしまったからにはと、スカートから取り出した指輪。勇はそれを膝をついたまま片手ですぽりと私の薬指に嵌めてくれた。言葉はないが、猫のようにするりと左手を自分の頬へ当てて安堵した表情を見せられる。
好きだと言って、愛に溺れたくなるほどだけどそうはできない。


「お前らいちゃつくなら家に帰ってからにしてくれ!」


少なくともここは冬島さんの事務室だ。






―おまけ―
※お家に帰ってから前髪を当真が整えてくれる


「はさみ」

「はい。絶対切りすぎないでね!?変なことにしないでね!?」

「わーってるって。動くなよ」

「んー」

「なんでこんな切っちまうかねぇ」

「んんーーー」

「動くなって」

「んーーーっんーーー!」

「あのなァ……呼吸ぐらいはしろよ。終わったぜ」

「フハー!切りすぎてない?…………わっ!じょうず!勇上手じゃん!オン眉なのに変じゃない!」

「俺みたいな天才はなんでもできんだよ」

「……なんででこちゅーするのよ」

「可愛いなと思って」

「なっ、なに言ってんの」

「俺としては、今朝の謝罪と前髪上手く切れたご褒美に、コッチにキスしてもらいてーなー」

「もー。いまそんな雰囲気じゃないし」

「俺はそんな雰囲気なの。ほら」

「……ハグだけだから。まだお風呂入ってないし、夕飯も作らなきゃだし、明日も仕事だし……」

「くくっ、それ、なまえのが期待してねーか?」

「ちが、!…………わないかも……」

(家に帰ると素直だよなー。年上のくせに本当かわいーの)