×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

10 Aim

 私が目を覚ましたのは病院だった。
 結構な深手を負って死んだのかと思っていたのに、意外と図太い生命力だと自分に感心する。
 曇った視界を瞬いてクリアにすれば、そこには「バカ」と言って安堵したように笑う勇がいて。頬を撫でつけられ、それに答えようと思っても体のあちこちが痛く上手く動かすことができない。腕も脚も胸もいたるところに包帯を巻かれているらしかった。

「いさみ」

「キスで起きねえとか、あんたはお姫様にはなれねーな」

 そうは言うものの、「よかった」と包帯を巻かれた手に唇寄せるナイトのような勇に、私はお姫様にされているのだと思う。心情で言えば、そんな仕草に胸キュンしているただの恋する愚かしい女だ。


 目覚めて早々、やって来た東さんとその上司の方と勇と、狭い病室で聞かされるのは受け入れがたい話ばかり。
 私の住んでいた世界が“乱星国家”だったとか、私達が持つ能力を求めた他の世界の人に侵略され滅ぼされたとか、トリガー開発のために私の能力を調べさせてほしいだとか……。
 宇宙にたくさんの星があることは知っていたけれど、私の知識では多くの星は無人だと思っていた。人が住んでいたことも衝撃であったし、何より私たちは自分たちでは知りえなかった能力(人によって様々な能力らしいが)を持っているということにも驚いた。そしてそのせいであっけなく滅ぼされてしまったことにも。東さんの上司さんによれば、おそらく私が住んでいた星の多くの人は、その能力に目をつけられ攫われてしまったのだという。そして他の近界民に渡さないよう滅ぼされたのではないか、と。それが事実かどうかは今はもう知りようがなかった。

 それから、能力研究するために協力してほしいという依頼。それは私を助けるために、勇へ出された条件でもあったらしい。勇は渋っていたが、もちろん助けられた恩義があるから、たとえ扱いが捕虜であろうと喜んで引き受けさせてもらうと答えた。
 それに自分に備わった能力の扱い方も一緒に考えてくれるそうだから、私にとっては願ったりかなったりだ。勝手に物を飛ばしたり、泣く度に勇のところへいかなくて済む。
 東さんの上司さんが言うには、私はトリガーという機械に等しい存在で、トリオンという力を勇から吸い取る形で能力を発動しているとか。「どうしてそんなことになってしまったかは詳しくはわからないが……」と不自然に言葉を切った後、咳払いをし「蜜月な関係が原因だとは思う」と言う。
 その辺も含めて詳しく調べたいらしいが、羞恥で叫びながら布団へ潜り込んでしまいたかった。勇は特に気にした様子もなくニヤニヤとした表情でこちらを見ていて、さすがに耐えきれず私は頭を抱える。


 現実味も沸かない話に私は始終困惑していたし、言われたことに「わかりました」と頷くことぐらいしかできなくて。勇には「ちゃんと考えろよ」と呆れられもした。わかりませんと言って泣き叫んでなんとかなるならそうしたかったわよ。
 どうきちんと考えてみても、自分の置かれた現実は寝て起きたら元に戻っているんじゃないかとさえ思える。

 皆が帰り、一人残された病室で長い時間ぼんやりと窓の外を眺めていたら、帰路に着く人々が見えて無性に故郷が恋しくなる。両親が、友人が、同僚たちが。もう二度と会えないし、あの会社にも家にも足を踏み入れることはできないのだと思うと些細な情景や人が恋しくて寂しくてたまらなくなった。


「――ッ! ……この登場、久しぶりじゃねーの」


「ご、ごめん、いさみ……!」

 うつ伏せで寝ころんでいた彼の背の上へ私は落ちてきていた。数時間ぶりの顔合わせ。「痛えよ」と言われ、慌てて退けることはできても涙を止める術は持ち合わせていない。風呂上がりだったらしい彼が首へかけていたタオルで、雑に涙を拭われる。

「あーあー、点滴引っこ抜いてきちゃって」

 見れば腕の袖口に赤い染みができていた。白い患者衣では余計に目立つように感じるが、痛みはなく血もすでに止まっている。だから、絆創膏なんてしなくても大丈夫だから。
 立ち上がろうとしている勇を無意識に引きとめていた。

「そばに、いてっ」

 必死に出した声は嗚咽にまみれて音として聞こえていただろうか。半ば無理矢理に彼の裾を掴み座らせると、その胸に縋りつくようにして泣きわめく。ああ、またみっともないところをこの男に見せてしまうな、とどこか遠くで思いながらも止められるものでもない。
 声を上げて泣く私の背を宥めるように撫でる温かな手。それへ甘えて、うわ言のように「独りは嫌だ」とか「寂しい」「怖い」などと言って散々困らせた挙句にその腕の中で気を失うようにして眠りついた。相変わらず私はこの年下男の前でワガママ放題してしまう。


「       」


 涙で嗚咽の止まらない私へ勇がなんと言ったか、はっきりと聞こえなかったから、たぶんこれは私の見た都合のいい夢なのだと思う。冷静になれば、いい大人が寂しいと言って泣きわめくなんて(しかもそれを年下の彼へ)恥以外の何ものでもない。
 次に目が覚めた時には病院のベッドの上だったし、私の腕にはきちんと点滴が刺さっていたもの。彼が言った言葉も夢だったのだと思う。
 夢でなければ――





 ひと月の入院期間を終えて私は無事に退院した。
 太腿へ落ちてきた瓦礫に抉られていたのが一番酷かったがそれもなんとか薄いガーゼで覆う程度にまで回復している。残念なことは、まともな知り合いなんていないからお見舞い客がおらずほとんどを暇で過ごしたこと。良かったことと言えば……と言っていいのかはわからないけれど、今後を不安に思っていた私を、退院の日に東さんが引き受けに来てくれたこと。そして、どこかしらのマンションへ投げ込まれたこと。
 適当に投げ出されるのではなく、雨風の凌げる場所を与えてもらえたのは嬉しいけれど、どう考えてもここは誰かの家。

「東さんっ! あの……」

「聞きたいことは色々あるだろうが、まだ無理はしないほうがいい。今日はゆっくり休んで――休めるかどうかはわからないけど」

「え?」

「お、意外と片付いてるな。はい、これ。この部屋の鍵とボーダー支給の携帯端末。俺の連絡先も入っているから、必要ないとは思うが困ったら連絡してくれ」

 さっそく明日から能力研究協力のため、明日の朝に迎えに来るとか業務的な連絡事項を捲し立てるよう伝え、大事なことは一切聞けもせず、「じゃあ」と私を残し笑顔で颯爽と帰っていった。
 そんな東さんの携帯へ今すぐ鬼電してやろうかと心が荒んだのは、二時間前になる。
 しばらく部屋をうろうろとしてみたが、家主のいない家に一人いるという居心地の悪さを感じて落ち付けもしない。何もしないのもどうかと思い少々投げやりな気分で冷蔵庫を開けると、簡単に食べられる栄養補助食品が箱ごと入っている。それとはほかに適当に詰められた新鮮そうな食材がこれまた乱雑にビニール袋ごと。

「……なんか思惑が見え隠れしてない?」

 溜息を吐いて冷蔵庫を閉めて背中を預けると、棚に飾られた模造品の小銃(というかライフルというのか)が視界に入る。どう考えても前に見たことのあるそれ。
 しかたなくもう一度冷蔵庫へ頭を突っ込んで「何を作ろうか」と苦々しく笑った。

 他に行く宛なんかないのわかっていたけども。
 東さんは「きみを助けたいと上層部に嘆願したもの、医療費を払ったのも一人の男」だと内緒で教えてくれた。そんなことも聞かなくてもわかっていたけどもだよ。
 これからどうやってその男に恩返ししたらいいのか……。抱えきれないほど彼にもらった恩が多すぎて、正直私はこのまま雲隠れさえしてしまいたかったぐらいなんですが。
 あの男の匂いで満たされたこの部屋にいるだけで、胸の奥がぎゅうと締め付けられ体中を熱が巡る。気を抜けば浮かれた気分にさえなってしまいそうだ。
 とは反対に、このひと月、目が覚めた時以来一度も見舞いへ来ていないあの男はどういう心境なのか。

 考えれば考えるほど複雑で、いっそもっと普通の……例えばコンビニで声かけられる程度の出会い方なら良かったのに。

 今この状況で、引き返せない自分の気持ちを正直に伝えたら、あの男はどういう反応をするのだろう。
 玄関の扉が開く音がするまで、そればかり考えていた。