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07 二人の距離を


「わー!見て!熱帯魚かわいい……あ、れ?」

 振り返った時には友人とはぐれてたってこと、あるじゃん?
 隣りの市の水族館へ社会科見学と言う名の遠足へやってきた。平日だというのに他校生の遠足や小学生の修学旅行と重なっているのか、はたまた老人会のイベントと重なったのか、意外と多くの人でにぎわっている。だから友人とはぐれてしまってもしかたない。
 振り返って視界に入るのは水槽を覗くために順番待ちをしている小学生たち。どうやら長い時間邪魔してしまったようで、退けて欲しそうな顔をしている。慌ててすぐに退きあたりを見回してみても友人の姿は見当たらない。友人たちの代わりに最近見慣れた顔を見つけることはできた。

「米屋くん!」

「おー、なまえ」

「お前ひとりで何やってんの? 友達に置いてかれたか? ……まさか、迷子?」

「違いますーはぐれただけですー」

「「迷子じゃん」」

 今いる熱帯魚フロアへ入ってきた米屋くん、出水くん、三輪くんを見つけて駆け寄れば、「迷子」だと嘲笑われてしまう。違うもん。友人が先に行ってしまっただけで、断じて迷子ではない。そんな主張は「ハイハイ」と適当な扱い。でも「お前の友人あっちの方へ行ってた」とちゃんと教えてくれるからさすがアステロイド師匠。
 お礼を言い急ぎ友人の後を追いかける。そう時間は経ってないからきっとまだ遠くへは行っていないだろう。私の索敵ならぬ索友人機能がそう言っている。



「なまえ」

 足早に通路を進んでいたつもりが、タツノオトシゴコーナーについ見入ってしまっていた。かけられた声に驚いて振り向けば、私を見つけてくれた友人ではなく「やっぱり、道草食ってやんの」と笑う米屋くん。彼とは連絡先を交換してからなんだかんだ頻繁にくだらないやり取りをしている。だから前よりはもっと近い友人。
 道草じゃないですー。これはタツノオトシゴだし、食べてないし。

「水族館の序盤で迷子になるような可哀想ななまえちゃんを、つい助けにきちゃいました〜」

「迷子じゃないってば」

 そう返すのが必死になってしまっている。だってなんだか最近変なんだ。米屋くんはいつもこんな風にふざけてて飄々としていて、それがデフォルトだからこんな言葉こそ適当に受け流せばいい。この間の「めっかわ」だって冗談で言ったのだから、胸にいつまでも留めておく必要はないのに。

「友達に連絡もしたし、アシカプールの所で待ち合わせたから一人でも大丈夫だよ」

「いいんだって。オレがしてーだけだから」

 顔に血が昇ってきて心臓だってざわめき始めても、声も出せずにただ頷いて、彼の後を追っている。
 彼の言う「オレがしたい」っていうのもきっとまた“反射”で助けてくれようとしているだけだから。変に意識したら、米屋くんの善意に失礼だ。
 短く鳴った携帯を確認した米屋くんは「こっち」とアクアリウムの展示通路を示す。

「出水が今ペンギンゾーンでパレードしてるからそっちは混んでるって。こっちから行こーぜ」

 何も思わないようにしようとしているのに、この状況も彼の一つ一つの言葉も、嬉しく思ってしまっているおかしな自分。


 遠からず、近からずの距離。人を避けようと思えば肩がぶつかったり、同じ水槽を覗けば顔が近かったり。この状況を嬉しいと感じてしまっているのだから、ドギマギするなというほうが難しい。

「なまえがなんで迷子になってるかわかったわ」

「迷子じゃないって。みて、ニモいる、ニモだ!」

「そーいうところな」

 呆れながらも一緒に水槽の中を覗いてくれる。これでも一生懸命に、不自然な空気にならないよう気を使っているだけです。
 涼しげに泳ぐオレンジ色の魚を見て「かわいいね」と求めた同意に、しばし間が空く。また「美味しそう」とか「食えそうにない」とかそんなことを考えているのだろうかと彼を見ると、ぱちりと視線は合ってしまった。そこでようやくゆるく顔を綻ばせて「おー」と適当な返事。
 うっ……なんかもう、これ以上はちょっと無理そうです。
 この間までは米屋くんの顔を見るのも話すのも全然平気だったのに。いっそスラスターで真っ二つかアステロイドで蜂の巣だーとかあのニヤけた顔を見て思っていたぐらいなのに。今やこの心臓の煩さの理由を元にもっと方向性の違うことを考えていた。



 薄暗かったアクアリウムのゾーンを抜けると明るいアシカプールへようやくたどり着く。道のりが長すぎて防衛任務よりも危険な死地を通り抜けたような疲労感さえある。生身には堪えます。

「ジュース買ってくっから、なまえはここで荷物番な。……できる?」

「わ! 心外! すごく心外!」

 結構なマジトーンで、眉を下げ気を使うような表情をまさか米屋くんにされるとも思っていませんでした。財布だけ持った彼は「絶対動くなよ」と再三にわたる念を押してから、ちょっと先の自販機へ旅立った。失礼な奴だと頬を膨らませるが、こんなに心配されるほどあの日の朝の交通事故未遂は彼にとって酷い衝撃だったのだろうか。
 自分で思い返してみても確かに怖いものがあったなと思う。ぼんやりしていた私が悪かったとはいえ、急ブレーキの音が耳を劈き、自分の身数センチのところで車が停まった。死んだかどうか考えるより、運転していた強面のおじさんに怒鳴られた方が先で、「あ、生きてた……」と思ったぐらい。真っ白な頭のまま学校に着き、昇降口で脱いだ靴を持ち上げようとした時には、しばらく立てなかった。そのことがあって以来、あの道を通る時は必要以上に警戒している。
 そうか私でこれだけ酷かったんだから、米屋くんもそれなりに驚いたのだろう。

 米屋くんを待っている間に友人からきた連絡はイルカショーの時間が迫っているからイルカショーのプールで合流しようというもの。気付けばなんだかんだと長い時間米屋くんと二人でいた。周りにはクラスメイトではないにしろ同じ学校の同じ制服を着た“それっぽい”男女もいる。自分たちもそんな風に見えていたらと思うと一気に胸は苦しさを増すわけで……。

「まだ来れねえって?」

 私の分までジュースを買ってきてくれたらしい、米屋くんから手渡されたボトル。ありがとうと受け取るけれど、これからどうしようかと返事に困った。周囲を気にして見ても、これ以上米屋くんを私が振り回すのは申し訳ない。この状況を遠巻きに見た知人たちにあらぬ誤解を与えるわけにもいかないし、彼だってせっかくの遠足なのだから出水くんたちと回りたかっただろう。

「すぐ来るみたいだから、出水くんたちのところへ戻っていいよ」

「じゃあ、オレも待つ」

 私の隣りへ腰を下ろす。どう対処しようか考えなきゃならないのに「なっ!」と笑う彼を見て心はふわふわと浮くばかりで何も考えられない。

「だって楽しいじゃん。なまえとデートしてるみたいで」

「またそうやって冗談ばっかりっ……」

 携帯をポケットへしまい、微炭酸のジュースの中で揺れる気泡を見たり、ボトルから結露した水を指先で弄りながら気持ちを分散させることに集中していた。
 どんな顔で米屋くんがそんなことを言ったのかなんて見てもないけど、想像もできない。


「んじゃさ。ジュース奢ったから、イルカショーのとこまでデートしよーぜ」


 でた。米屋くんのお願いはいつも、何かしたから、勝負に勝ったから、奢ったから……条件が付いてばかり。勝手に名前を呼び始めた出水くんと比べて随分と不器用な気がした。
 持っていたボトルの口を米屋くんが引っ張るものだから、釣られて立ち上がる。買ってもらった嬉しさから手が離せなかったけど、バカみたいに大事に持ってると思われなかっただろうか。
 ボトルの中で弾けている炭酸の気泡みたいにしゅわしゅわと私の心の中も泡立ってく。
 反射でやってる、善意でやっている、彼はただ困っている友達を助けているだけなのだから、私がこんな風に思うのはとっても失礼なことだと心の中を必死にかき消すのに、甘い感情はジュースの中の気泡のように昇ってくる。

「どうせイルカショーの席とっておくから来てって言われたんだろ」

「え、なんでわかったの?」

「ナイショ」

 嘘を簡単に見抜かれていたことに驚いた。米屋くんもしかして読心術使えるとかじゃないよね?


 イルカショーのある屋外ステージへ近付くほど、出入りする人でごった返していた。何度もその背中を見失いかけて、ようやく米屋くんのカバンの端っこを掴んだかと思えば、そのまま強く手を引かれる。

「ちょっと、よねやくん!?」

「誰も手元なんて見てねえって。それより、はぐれんなよ」

 彼の真後ろはとても歩きやすいけど、余計なことばかり考えてしまっていた。


(米屋くんの手、熱いなぁ……)





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