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4.5 バカの考えはわからない


※出水視点

 おれの友人は面倒くさい性格をしている。戦闘狂でバカで、なに考えているのか長いこと一緒にいてもよくわからない。たぶんなにも考えてないって可能性も捨てきれないし大いにある。

 その日、そいつは日直だった。相手は同じボーダー隊員のみょうじさん。特に話したり絡んだりはしないけど顔見知り程度には知っている。

「おい、槍バカ。お前今日日直だろ」

 陽当たりのいい席で、呑気に寝ているバカを揺すった。「んー?」と寝ぼけた顔を上げて黒板の端を確認し、「うわマジじゃん」。四限も終わった頃に気付くとかマジでバカ。みょうじさん可哀想。
 日直の仕事は、日誌書いたり、先生の手伝いさせられたり、黒板消したり。組み合わせだったり人によってだったりするとは思うけど、だいたいは女子が日誌を書き男子が黒板を率先して消す。学校の摂理的ななにか。
 気付いたなら早く黒板消しに行きゃいいのに、まーだ寝惚けてんのかぼやっと前を見つめて動かない槍バカの椅子を軽めに蹴る。

 声もなく、米屋が一瞬だけ表情をほころばせて笑った意味をこの時は別に考えもしなかった。


「みょうじさん、悪いー。オレやるわ」

「あ、え、米屋くん……おはよう。ありがとう」

「おー、おはよ」

 一生懸命に黒板を消している相方の背に謝罪の声をかけてから、もう一つの黒板消しを手にしていた。驚いたみょうじさんは遠慮がちに「ありがとう」と言っているみたいだったけど、たぶんあれ、最初から手伝ってもらえるって期待してなかったんだろうなあ。





 それから何日も過ぎて、すっかりそんなこと忘れていた頃だった。

「――三輪は? 三輪はだれが可愛いと思ってんだよ?」

 他クラスと混合の体育授業中。男子はサッカーで女子はソフトボールをしていた。他チームが戦っている時に木陰で休憩がてら始まるのは、男子同士の「お前誰が可愛いんだよ」談義。制限時間は試合終了までの十分間。
 会話の流れはよく聞いてなかったけど、クラスメイトの男子が三輪に求めている答えは簡単だった。
 おい、三輪、逃げるなよ。女子のソフトボールをフェンス越しに米屋と他数人の男子が見ているが、お前は絶対興味ないだろ。すぐ米屋のとこに逃げるの悪い癖だぞ。クラスメイトとも仲良くしろよ。

「同学年に可愛いやつなんている?」

 困ったやつのせいで場の空気が悪くならないよう、曖昧なことを言って濁す。お前らも話題を振る相手が違うだろ。

「いいよなお前らは。ボーダーって可愛いやつ多いから眼福放題だもんな」

「ボーダーの可愛いやつって誰よ」

「E組の小佐野とか、三年の国近さんとか! あと木虎ちゃんも可愛いよなー!」

 へ、へぇ……。当たり前に居すぎて性差なかったわ。木虎は生意気なやつだし、オペ組なんて特に隊長達を尻に敷いてるイメージが強すぎて、怖ぇと思うこともあるのに。

「出水はいねーの? 好きなやつでもいーぜ!」

 そんなニンマリとした顔で詰め寄られても、期待に応えられる答えはもってねーよ。こんな話題を振られて初めて、ボーダーに入り浸りすぎててすっかりそんな青い春からは取り残されているような気がした。

 可愛い女子ねえ……視線を女子のソフトボールへ向けると、ちょうど小気味よい音が鳴る。誰かが打ち上げたらしい。女子でも意外とこんなことできるやついるんだなあ、と呑気に考えていたら「やべえ」と数人が騒ぎ出した。……おいおい、こっちはファウルコースだって!
 飛んできたボールは二メートルはある金網のフェンスを越えておれたちのところへ向かってくる。慌てて避難しかけたところへ影が射した。

「あっぶねー」

「おお……米屋ナイスキャッチー」

「ごめん! 大丈夫だった?」

 男子陣の中で歓声が上がるなかやってきたのは、ライト守備にいたみょうじさんで、ボールを持っていた米屋がフェンスのそばから「いくぞ」と声をかけてから緩やかな弧を描いて投げ返す。軽く落下したボールはみょうじさんの構えたミットに入るとみんなが思っていた。気を抜いていた。「打ったやつ誰だよー」なんて声も聞こえていた。
 おれだってこのまま別の話に擦りかわんねえかなーなんてそんなことを考えていたわけで。

「ぎゃ」

「うわ」

 米屋の投げ方は悪くなかったし弧を描いたといっても垂直に落ちているから、みょうじさんがウロウロと慌てなくてもミットへ入っていた。ゴン、と鈍い音を立てて彼女の額に当たるなんて誰も思ってないよ。
 地面へ落ちたボールが転がりを止めた時、そりゃどっと笑いも起きる。何が起こったか理解が追いつかなかったようで、「みょうじ、どんくせーよ!」とヤジが飛んで顔が真っ赤になった時にはさらに笑えるほど彼女にタイムラグがあった。恥ずかしさでいっぱいだろうなあ。

「う、あ、ありがと、……よねやくん」

「どいたまー」

 ホイッスルが響いて、こっちの試合が終了したらしい。みんなが立ち上がり陽射しが照りつける暑いグラウンドへ向かう。みょうじさんもさっさと背を向けて走り出していた。
 米屋のマネするわけじゃないけど、ここまではよくある光景、って思うじゃん? おれもそう思ってた。

 本当に偶然、なんとなく後ろを振り返った時だった。フェンスからこちらへ振り返ったばかりの米屋と三輪が後ろから歩いてきていて。


「――かわいすぎだろ」


 ふは、と笑って呟いた声はちゃんと聞こえていた。槍バカがこんな風に笑うのを見たことがない。戦闘で強い敵に勝った時とも、まぐれでテストで赤点免れた時とも違う……楽しいもん見つけた、みたいな。表現のしようがねえんだけど。でもその理由はわかる。この間の日直の時もそういうことだったのかと合点がいった。

「お前そういうことだったのかよ!」

「は? なにが?」

「すっとぼけんな」

「なにがだよ!」

 本気でわからないみたいな顔する米屋にも、「みょうじさんの」と言いかけたおれの言葉をわざとらしく遮った三輪にも驚かされる。え、なに? 周知なの? おれが知らないだけ?

「早く行け」

「オレ次キーパーなんだよなー。つまんねー」

 ……うそ、槍バカって、米屋ってそんな感じなの?
 立ち止まっているおれを追い越す米屋は「キーパーとかオレのキャラじゃなくね?」とか言っているが、おれの中ではお前の新たな一面発見って感じだよ。

「気付いてない」

「…………やっぱりかー」

 三輪がおれにしか聞こえない声で呟いた言葉は、確信的で決定的。つか三輪、お前いつから知ってたんだよ。教えろよ。面白すぎるだろ。

 朝のなまえ事故りかけ事件や、槍バカ携帯の画面みてニヤニヤ事件なんかは、この時からまだ少し後の事。





 そんなわけでお節介焼いてやろうと、なまえを鍛えたわけだ。理由は二つ。
 一つは、普通になまえが弱すぎるから。唯我みてえで腹立つ。
 二つ目は、米屋がどんな反応するのか気になったから。これに関しては、結論から言って無反応だと“思っていた”だ。
 なまえと親しげに話すおれたちを見て、米屋が自分の気持ちに気付いて素直に告白したら上手くいくと思ってた。なまえもまだ恋的な気持ちには発展していないだろうが、「お友達から」って感じに告白すればきっと上手くいくだろう。そういうアドバイスならいくらでもできそうだ。
 誰がどうみても悪くない。
 なのに、あの槍バカときたら全然無反応だったわけだ。おれたちが教室の端でヒソヒソ話していたり、(太刀川さんの思惑で)距離開けられてても普段と変わんねえ。ヤキモチのヤの字も見せなくて。いっそおれの勘違いかとも思ってたわけだ。さっきまでは。

 少し前までのなまえと比べたら圧倒的に強くなった。これなら米屋も多少はまともに戦えるしぶっ刺されることもないだろうと。

「なまえ頑張ってたから手加減してやれよ」

 この言葉はたぶん槍バカにとってトリガーだったんだろうね。強くなったところを魅せる間もなく斬られた九戦。全力で心を圧し折ってきた。容赦ねえ、えげつねえ。お前それが好きな女にすることか。でも納得だよな。やっぱ妬いてやんの。
 最後の一戦で、思わずなまえを助けようとしたところなんて、後からやってきた太刀川さんと思わずぎょっとした。トリオン体であることをいいことに、斬って刺して捨ててで、いっそ時折残忍ささえ垣間見えるあの槍バカが、こんな風に人を助けようとするなんて、って。

 なまえとしては……、まあ、落ち込んでるよな。槍バカがどんな言葉をかけたのか知らねえけど、ベッドの上で声を漏らさないように口と鼻を押えて涙と鼻水で汚ねえ顔。

『優しいから、サービスで一勝ってことにしてやるよ』

 まーーーったくお前ら……不器用かよ。





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