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04 仲良くなれたらラッキー的な


 仲良くなれたかと思えば、突然不自然なほど距離が開くようになった。

「おはよ、なまえ」

 そう呼べるようになったのはつい最近。親密感が増したように感じる。自分でも口元が緩くなることはわかっていたから、緩くなりすぎないことを気を付けていた。

「おはよう、米屋くん。……あ、一限目は世界史だったよね。教科書取ってこよ〜」

 昨日もそうだったけど、自然さを装った不自然な逃げ。避けられるような何かをしただろうかと考えるが、思い当たる節しかない。でも、避けるほどのことだろうか。

「あ、出水くん、おはよう! ねえ、昨日の件なんだけど――」

「わかってるって。今日な」

 後から教室へ入ってきた出水に出くわしたなまえはヒソヒソと会話している。その様子は、……なんか親密そう。
 教室でオレとなまえが話していれば自然と出水や秀次とも話すようになったから、出水と話していることが不自然というわけではない。でも、オレと話していることが前提だと思っていたから、出水と二人だけで話しているなまえの姿はいやに不自然に思えているのかもしれない。

「どうしたんだよ?」

 「じゃあね」と笑って出水に手を振った彼女の背中を視線で追いかけていた。それがどうしてかなんて説明がつくわけではない。
 二人のことをじっと見ていたもんだから、話し終えた出水がそばへ来ていたことには気付かなかった。

「仲いいじゃん」

「妬くな妬くな〜。何年一緒にいると思ってんだよ。お前が一番に決まってるだろ、や・り・バ・カ」

「アラ、ウレシイ。ワタシモ一番アイシテルワ、弾バカチャン」

 ふざけたやり取りで曖昧に誤魔化される。くだらないやり取りを聞いていた周囲の奴らから笑いがおきて、“笑いに変わった”ことに安心した。
 別に誰と話してようとなんだろうと、どうでもいいことじゃん。

「そのうちわかるだろ」

 なんて、わかったように楽しげに笑われるのがつまらないだけだ。




 しばらくしてからのとある日曜に、またなまえが個人戦のラウンジにいた。うずうずしたような様子は遠くからでも見て取れる。
 あ、もしかしてこれは出水に用があるやつ?
 ここ最近の仲の良さはヒソヒソ話だけではなく、出水が彼女をなまえと呼び始めたことも、距離が近くなっていることからも見てわかっていた。きっともしかしたら“そういうこと”なのかもってちょっとだけ思ったりもしていた。

「米屋くん!」

 彼女の真っ直ぐな瞳に映っているのが自分であることには驚いたし、それから少しだけ、心がそわついた。
 太刀川隊に鍛えられたから今日こそ米屋くんに勝てる! と意気込んでいる彼女を無下にもできない。なんだそういうことだったのか。ブースへ向かいかけてふとまた悪戯な考えが浮かぶ。

「じゃあさ、今日、オレが勝ったら連絡先教えて」

「へっ……ぶ、ぎゃ!?」

 あ、やべ、と思わず手を伸ばしたけど、前回よりも近い距離でも手は届かない。ぼんやり中途半端なところに立ってるから、ブースの扉に挟まれてやんの。この人絶対自動ドアとかエレベーターとかでも挟まれてそうだな。まあ……この間よりは危険な状況ではないからいいか。

「なまえ、ダッセー……」

 ブースの中へ逃げ込んだ彼女を見送って、呆れ返る出水と目を見合わせて笑いが漏れた。





 「なまえ頑張ってたから手加減してやれよ」なんて出水に言われるが、そんなことしたら失礼じゃん? みょうじさんもそれは望んでないと思う……って、オレ今心の中でさえみょうじさんって呼んだ? 弾バカでさえスムーズに呼んでんのに。

「悪い。やっぱ手加減できねえや」

 彼女の体は腹から真っ二つに割けて霧散した。絶望に染まった顔を見送る。現在、九戦九勝中。
 確かに、なまえは前に戦った時以上に強くなっていた。もうB級下位とは言えないだろうし、これならトリオン兵ともなんとか戦えるだろうというレベルまで引き上がっている。幻踊への対応もばっちりというか、アステロイドの使い方がまるで弾バカのよう。
 それに気付いた途端にモヤモヤとする感情が体中を気持ち悪く苛んで、手加減なんてできるもんじゃなかった。これってなんかの呪い? 太刀川さんって呪術も教えられんの?

「どうする? もう諦める?」

 彼女のトリオン体はもう一度、一から構成される。場所はビルの屋上。とはいえ仮想空間だから風もない。集中はまだ途切れていないようで、彼女の瞳には未だ負けんとする闘志が色濃いのが救いだった。

 スラスターで一気に間合いを詰めてくる。槍に対して超近距離で戦うのが有効的なんて誰でも考える事。攻め、攻め、攻め、と重いレイガストを振るう手は隙だらけ。それでもオレからの反撃にはきちんとシールドを固く張って防いでいるところはすごいすごい。鋼さんの劣化版みたいだ。
 ただ、九戦の間にその背後へアステロイドを隠していることはお見通し。

「レイガストで槍と戦うのは不利だって、太刀川さんたちは教えてくんなかった? いっそ射手に変わったほうが上手くやれそうじゃん」

 背後から飛んでくるアステロイドの数発をシールドで防ぎ、または薙ぎ払う。
 レイガストのその特性はシールド並みの防御力にあること。一方で攻撃力はスコーピオンにさえ劣る。刀をぶつけ合って、シールドモードではないレイガストブレードが弧月に勝てるわけがない。

「絶対勝てねえって」

 軽く振るった槍はなまえの左手を肩から切り落とした。

「……ッ!!」

 痛みはないだろうが、切り落とされたことへの驚きか、顔を一瞬痛むかのように歪めた。彼女はどこまでも本気なのだろう。

「アステロイド!」

 出水のヤツみたいに、綺麗に等分された四角が飛んできて足元へ落ちる。土煙を上げて煙幕のつもりらしいが、そんなことで見失うようならA級なんて肩書き捨てちゃうね。
 すぐに煙から逃れるように後ろへ飛び退くと、案の定右手だけでブレード構えて突っ込んでくる。
次からは地形もよく考えろよ。スラスターの直線的な動きは加減が難しい。
 全力で突っ込んできたのをかわしたところで、なまえも気付いたらしい。屋上の縁に立っていたのを横へずれてしまえば、なまえは宙へ投げ出されて勢いのまま――

「っなんで……!?」

「なんでだろーね。つい反射で……」

 落下する浮遊感。漏れ出すトリオンが視界に溢れ、なまえの困惑する顔を詳しく見ることもできなかった。ベッドへ落ちた体が、現実を教える。

「うわー……女子に負けるとかやっぱ結構敗北感あるわ」

 負けた、といっても実際は引き分け。彼女の体も切り落とされた腕からのトリオン漏出と、高層階から落ちた衝撃でトリオン体の崩壊。

「消えかけのオレの体を踏み台に使って、もう一度スラスターの逆噴射で上へ戻れば勝てたのに」

 通信は繋がっているから声は届いているはずなのに、なまえからの返答はない。


 落下しそうななまえに体ごと手を伸ばしていたのは、負けてやろうとかそんな殊勝なものではなく、助けなきゃっていう本当に反射だった。斬っても、蹴っても、落としても痛みなんてないし絶対に死なないのはとっくの昔に脳へ刷り込まれている。なんなら、トリオン体が壊れかけでなければ生き延びていた可能性だってある。
 不恰好にもなんとかなまえの腕を掴んで引き寄せたが、スラスターの威力は死んでなくて、オレの胸へ飛び込んでくる形で切り裂かれた。
 こんなことしたって、結局地面に落下した彼女も緊急脱出してるんだから「また間に合わなかった」だ。……今のは秀次の声で再生された。


 通信からは彼女の息遣いさえ聞こえてこないのに、扉が開き「おい、生きてるか?」と気遣う出水の声が聞こえた。

「優しいから、サービスで一勝ってことにしてやるよ」

 そこで通信を切って、外へ出れば太刀川さんが待ち構えたようにたっているもんだから溜息が出た。太刀川隊って意外と過保護かよ。

「最後しか見てなかったけど、米屋クン王子様みたいでかっこよくて痺れちゃったァ〜」

「ウヘェ、太刀川さんキッモ」

 嫌味な笑みを浮かべている太刀川さんに肩をすくめてみせた。「休憩してきまーす」と立ち去ろうとしていたのに、「なまえを待たなくていいのか?」なんて。この人も気軽に呼んでいる。うん。やっぱこの人絶対呪術使えるタイプだわ。
 ほら、その呪いが胸にモヤモヤを発生させはじめている。でもこれはきっと、今さら一戦でも女子に負けたっていう敗北感からくるものだよなー、たぶん。




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