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12 今度はその手を必ずつかむから


 なまえは二日間学校を休んだ。すげぇ熱出てたから心配していたけど、むしろ二日で出て来れて良かった。医務室に感謝だわ。もし、もしだけど……なまえが熱出したのが、オレのせいだったりしたら、ほんのちょっとだけ自惚れる気持ちもあったりして。でも、熱出して辛そうな姿を見てしまえば申し訳なさも途端に溢れてくる。
 混濁する意識でオレを呼び「ごめん」と「強くなりたい」と魘されるように呟いた言葉はわかるようでわからなかった。好きって言われればもっと事は簡単だったのに。

「声、かけなくていいのか?」

 朝の登校時、こうしてなまえの後ろ姿をみるのはとても久しぶりな気がした。秀次の視線の先もそこへ向いている。何メートルも後にいるのに追いかけて「おはよ」と言えるわけない。ちょっと前まではできていたけど、今はもうできないの。友達でっつったけど、できないの!
 友達だった頃の距離感を必死に思い出そうとすれば、あの道路に差し掛かる。

「近くなければ助けられないぞ」

「それってさ、……実はオレじゃなくても良くね?」

 秀次が眉間に皺寄せてこっちを見てきたが、ヘラヘラ笑っていれば諦めたように溜息を吐かれそれ以上は何も言ってこなかった。実も何も、オレの中でオレじゃなくて良いわけないのに。




 朝から防衛任務に入っていた出水が午後の授業へやってくるのは珍しかった。たった一時間の授業と特別補習のために出るくらいならちょっと残業でも報告書でもゆっくり書いて、一日欠席することも少なくない。今日は忍田さんにでも見つかったのだろう。例のごとく特別補習もあるし、太刀川隊は太刀川さんの影響もあり忍田さんに見つかれば逃亡不可避。

「イライラしすぎじゃない? なんかあったの?」

 放課後、補習が始まる前にカツアゲでもされそうな勢いで無理矢理引っ張られ男子トイレまで連れて行かれる。出水に借りてたノートに落書きしたのがバレたか?

「なあ、どういう状況なんだよ!?」

「なにが?」

「なまえ!」

「元気そうだったじゃん」

「そうじゃなくて! あいつ、なんでこの間のナンパ野郎と付き合ってんだよ?!」

 聞き返しても同じ言葉で返された。なまえがナンパ野郎と付き合ってる?出水が防衛任務から戻った時に、雑談している隊員から聞いたらしい。オガワ、とかいう少し前に遠目で見ただけのナンパ野郎が戦闘訓練室でなまえに公開告白したと本部のB級隊員の中で話題になっているとか。
 なまえが熱を出したあの日の防衛任務に、東さんとその小川とかいうやつ、他数名が一緒に入ってた。出水が東さんから聞いた話によると、バムスターにやられて動けなくなったなまえを小川が助け、挙句に小川は「米屋たちとばかり戦っているからだ」と言ったらしい。

「バムスターに手こずるとか、あいつらしくねーじゃん」

「そうだけど、そこじゃないだろ! おれたちと戦ってるから弱いみたいに言われたんだぞ!」

「その状況ならそう言われてもおかしくなくね」

 あの時「強くなりたい」と言っていたのはそういうことだったのか。どこまでも真っ直ぐなやつ。

「それで? 付き合ってるってのはホントなわけ?」

「知らねーよ! おれが聞きたいからわざわざ任務終わりにサボっても良かった学校きたんじゃねーか!」

 地団太を踏む出水に掛けられる言葉は「まあ落ち着けって」ぐらい。そしたら「なんでそんな落ち着いていられんだよ」って怒られてしまう。

「オレこの前フラれちゃったし。もしかして知らないところでそーいうことだったんかなーっと思って」

「はぁ!?」

 オレの知らないところで、その小川とかいうやつとなまえの距離は近づいていて、オレをふったのも小川のためだったとかそういうことかなー。なんて言うと出水は「んなわけないだろ!」と怒鳴る。落ち着けよ出水。ここ学校の男子トイレだから。他クラスのやつ驚いてるから。

「わかんねーじゃん」

「わかるの! おれは! んなわけ絶っっっ対ないの!!」

「わかんねーの。オレには。」

 珍しく冷静さを欠いている姿は弾バカらしくない。ずっと気にかけてくれてたみたいだし、友情の延長で怒ってくれているのだろう。良いやつだなお前。

「――なまえに問いただしてくる!」

「あー……それはヤメテ?」

「なんでだよ!」

「フラれてんのに惨めじゃん。噂が嘘か本当かなんてそのうちわかることだし」

 嘘でも本当でも、オレがフラれた事のほうがよっぽど事実。てかさ、さっきからすげー傷抉ってんの。頼むからこの話はこれで終わりにしてくんね? と首を傾げれば渋々といった形で引き下がってはくれるが納得はしていない様子。そんなのオレもそう。納得なんて今すぐできるわけない。頼むから“友達だから”以外の納得のいく答えが欲しい。





 それからひと月経っても噂の真否確認はできていなかった。けれど、なまえが個人戦ラウンジへ顔を出さなくなったことは事実。その代わり、最近は訓練室で小川と一緒に仮想トリオン兵と戦っているということも事実。
 熱出してた時、オレの腕の中で「ごめん」と言っていた意味はふってごめんってことだったのか。真っ黒なものがどんどんどんどん降り積もっってやまない。

 自分の中で積っていく感情が鬱陶しくて、今まで以上に個人戦に籠っていた。さすがに学校サボってまではダメだけど、特別補習はサボった。こんな状態での個人戦なんて連敗が続くかと思っていたのに、没頭しすぎてポイントは現在急上昇中。日に何人、誰を相手にしたかなんて覚えきれないほどだった。

「槍バカ痛ましいぞ〜」

「うっせ」

 休憩終わったならもう一戦やろうぜ出水。頼むから。一秒たりとも止まっていたくない。他の思考も感情も入れたくない。知らない隊員や出水だけでなく太刀川さんや鋼さんイコさんまで捕まえて、その人たちに負け続けても気にしない。忍田さんに「帰りなさい」と叱られるまでやめねえの。オレも思う。強くなりたいって。

 初めて太刀川さんから一本まともにとれた。何百回、何千回戦ってきて、すげーたまらなく望んでいた瞬間だったのに。


「はは、どうしよ……全然楽しくねーじゃん」


 手で顔を覆っても、換装体の頬が濡れることはない。復活した太刀川さんには火が点いていて、あっけなく斬りおとされた。いっそこっちのほうが清々しい。手加減なんてされたら強くなるものもなんねーし。
 しばらくベッドから起きあがれずにいたけれど、勢いよく上体を起こした。いつまでもウジウジしてんのは性に合わなさすぎるという結論にいたるのは、オレが単純な性格だからしかたない。

 決心した次の日の放課後は、あの日と同じように雨が降っていた。





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