10.5 どこへも行かずに
教室の席で一番いいのってどこだろう。おれはたぶん、ど真ん中の一番後ろ。意外と先生と目が合わない。窓際や出入口側は暑いとか寒いに左右されることも多いけどここは丁度いい。あと周りがよく見渡せるのもいい。
黒板に向かって右隣の列の前から二番目に米屋はいる。なまえは一番左の列の真ん中。
米屋が先生に当てられて適当なこと言ったりボケかましたりするからクラス中に笑いがおきる。みんなが米屋に注目している。もちろんなまえも。
「米屋、ここの英語訳しなさい」
「オレにできるわけないって思ってるでしょ、先生?」
「オモッテナイオモッテナイ」
「チョー侮ってんじゃん。“もしマイクが手紙を出していたら、彼女はシアトルでそれを読むことができただろう”っしょ?」
「…………米屋。それ次の文だ。俺が訳して欲しかったのはその前の文な」
こんな感じで。さっきまでドヤ顔だった槍バカは「あれ?」と首を傾げる。どうせ文章読みもせずなまえのノート丸写しして、一段書き間違えたんだろ。自分で訳してないからそういうことになんだよバーカ。
先生が向き直り解説しながら板書きし始めた時、米屋はなまえへ視線をやって「悪ぃ」と口パクで伝える。なまえはなまえで片頬を膨らませた後、困ったように笑っていた。
授業中のそんなやりとりは割とよく見れるから、おれ以外にもきっと気付いているやつもいるだろう。二人の視線が交わってイチャイチャカップルみたいに笑いあってんの。なのにカップルじゃないの。意味わかんないよな。
なにあれ。青春かよ。意外と気に入ってる席だけど、長いことここにいたら砂糖吐きそう。
だからさ、ちょっとカマかけてみたわけ。あんまりにも二人が面倒くさくて面白いから。個人戦のラウンジで三輪隊のミーティングが終わるのをおれとなまえの二人で待っていた時。
「お前さ、おれが好きって言ったらどうする?」
直前の話は、いつかレイガストを使う鋼さんになまえが話を聞きたいとか教えを乞いたいとか、そんな内容。そんなのいつかじゃなくて今だっていいのに。「相手にしてもらえるかなぁ」なんて声をかけてもない段階のことで悩んで唸っていたから、ぶった切ってみた。
「えー、困るかな」
「ちゃんと考えてないだろ」
「うん。だって出水くんそんなこと思ってないもん」
そこはわかんのかよ。適当に返事をしたなまえはへらっと笑って、「村上先輩、どら焼き好きかなぁ」と言いながら、さっきからずっと出入口付近で待ち人の姿を探している。口から出す言葉と頭の中に思い浮かべてるのが違うって結構器用なやつ。それは無意識でやってんのか、それともお前も槍バカみたいに自分のことはわかってるつもりでやっていることなのか。
「じゃあ、米屋が好きって言ったら?」
「へっ!?」
彼女にしては一オクターブ高い声。首元からじわじわと熱で赤く染まっていく。視線は右往左往と高い声の言い訳を探しているように見えた。そんなの、もう言い訳のしようなくない?
「さっきから、なに? そういう質問やめようよ!」
「フーン」
「あ、ねぇ、ちがうから! 違うから本当に! そういうんじゃないから!」
何も言ってないのに一人で慌ててやんの。なんだ。やっぱりなんも心配いらねーじゃん。
米屋の気持ちははっきりしている。あと一歩。どちらかが歩み寄ればあっという間にこのもどかしい状況は終わりを告げて、今度は鬱陶しいほどの幸せオーラに当てられるだろう。なーんか、それもめんどくさいなぁ。
「あ、米屋くんきたよ!」
隠せてないし、嬉しそうな顔が。しようのない奴らだと笑いが漏れた。
それなのに、ある日を境に二人の距離は開いた。
なまえが珍しく学校を休んだ。米屋の様子もおかしくて、休んでる理由を聞いても「知らね〜」と適当に流される。
「知らないわけないだろ。なまえに連絡してみろよ」
「んー」
「米屋」
「そんなに気になんなら、出水が聞きゃいいじゃん」
拗ねたような返事。携帯を出す様子もない。自分で聞きゃいいって……おれがなまえと連絡取り合ってたら嫌そうな雰囲気出すくせに。
もしなまえの休んだ理由が女子特有の生理痛とかだったら聞かれても困るだろうし、デリカシーないとおれまでも思われるのも(それは今さらもしれない)癪なので、それ以上米屋に追及するのはやめておいた。
この時は、軽いケンカだろう、どうせまた槍バカが個人戦で容赦ない殺し方したかセクハラしたかしてなまえを怒らせたのだろうと思っていた。さっさと謝るかご機嫌とるかすりゃ良いのに。
この日の夜、おれは夜勤の防衛任務が入っていた。
学校終わりに槍バカと個人戦へ行き、一緒に飯食って作戦室へ戻る。いつもなら遊び疲れたら家へ帰るくせに今日はどうしてだか帰ろうとしない。何気なく端末で太刀川隊が交代する前の部隊を確認すると、今時間任務に当たっているのは混成チーム。リーダーが東さんになっているから気になって他のメンバーを見てみると、なまえの名前があるではないか。ははーん。ちゃんと謝罪する気があるから待ってんのかも、と推測できたおれは米屋の背中を呆れた顔で見た。
混成チームの任務が終わるまであと一時間と少し。だからまさか混成チームがベイルアウトに使う部屋の前を通った時、こんなタイミングで扉が開くと思いもせず。
「なまえ?」
おれも槍バカも足が止まったのは一瞬で、すぐさま駆け寄った。任務時間を超過するならまだしも、早く帰って来るってことは何かあったからだ。なにより出てきたばかりのなまえがとても青ざめた顔をしていた。
「どうしたんだよ? なにがあった?」
「……っ、く」
「なまえ!?」
おれたちを見て声にならない言葉を発した後、気を失うように膝から崩れ落ちる。早かったのは、ずっとこいつに手を差し伸べていた米屋。床へ落ちきる前に彼女の体を抱きかかえた。
「これ、熱出てね?」
「マジ? ……――東さーん、東さん。なんかありました?」
通信を東さんに繋ぐ。警戒警報は鳴っていないが、一人ベイルアウトしてきたってことは続く可能性もある。加勢の有無等確認しなければならない。
『出水か? もしかしてみょうじと一緒か?』
「部屋出たとこで拾いました。緊急事態?」
『こっちは大丈夫だ。みょうじの様子がおかしいから、ベイルアウトさせた。確かお前ら同じクラスだろ? 医務室に連れて行ってやってくれるか?』
「あー……了解っす」
苦く笑って通信は切った。もうすでに目の前になまえは居ない。緊急事態ではないことがわかった途端、すぐに米屋が担いでいったから。おれもあいつも飯食ってからは換装体を解いていたというのに。相変わらずなまえのこととなるとかっこいいね、米屋のやつ。
何事もないといいし、上手くいけばいいのに。
この出来事から数日後、なまえはB級隊員の小川とかいうやつと付き合い始めたという噂をおれたちは耳にする。
なんでだと詰め寄ったところで、一番傷ついてんのは米屋なわけで。何も言えないおれは相変わらず真ん中一番後ろの席で、二人の視線を追いかける。だって二人は今まで以上に話さなくなったのに、変わらず視線を送り続けているのだから。
もっとおかしいのは、その視線たちは交わらないってことなんだけど。
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