08 どうかきみから
「あーおもしれー」
弾バカは未だに遠足の時の動画を見て笑っている。あれからもう何日も経つというのにまたそのネタかとオレは飽き飽きしているが、なまえをからかうにはいい材料らしい。
「出水くんいい加減にして!」
「いやだってさ。まさかあそこで手を挙げるなんて思わねーだろ」
「手挙げろって言ったのそっちだから!」
鬼気迫る詰め寄りを止めようものならオレにもとばっちりが来かねないので「まぁまぁ」と適当に流す。
あの遠足の日、出水はあちこち混んでるからと言って「この道はダメだ」とメッセージで指示を出していた。それがまぁ胡散臭いことこの上ねえなぁーとは思っていたものの、とりあえず従う。そしたら「イルカショーで席とってるから、なまえと来いよ」というではないか。なぜまだ合流できてないことを知ってんだ? って思うじゃん。
ジュースを買いに行ってる時にチラッと見たら、なまえが困ったような不安そうな表情を浮かべて携帯を見ている。そこでなーんとなく予想はできたわけ。どういうつもりか知らねーけど、不都合ではない罠。
屋外ステージへ向かう道はあまりにも人が多かった。親とはぐれてしまっている子供が係員に保護されているのを見てしまっては、後ろで追いつけないでいる女の手を掴まずにはいられない。
(手、ちっせー)
そこから熱がじわじわと体を登ってくる。いつもなまえの変化する表情を見ていたいと思うのに、今に限っては恥ずかしそうにしている顔を見れそうもなく人混みをかき分け進む。だってなんかこっちまで恥ずかしくなっちゃうじゃん。
やっと観覧席のところへ出て、アイツらを探していればなまえの足が止まり手を引っ張った。耳に携帯を当てて話している先は友人だろう。
「え、手? どこにいるかわからないから、手を挙げろ?」
『――ハーイ、それでは一緒にチャレンジしてくれるお友達は手を挙げて〜』
アナウンスの声が煩くてもなまえの耳には入っていなかったらしい。友人の指示により携帯を持っていない手、つまり繋いでいる手を無意識にも持ち挙げた。
『たくさんのお友達ありがとー! では、そこの仲の良いカップルのお二人〜ステージへどうぞ!』
「へ? え、なに? なに? どういうこと?」
「〜〜っなまえ!」
これはさすがのオレも恥ずかしかった。飼育員のお姉さんがニコニコとこちらに手招きをしている。
突然の注目に驚いてなまえから離される手。そんな困ったような泣きそうな顔で、わけもわかってないまま「ご、ごめん」と言われても。一番上の席で呆れた顔した秀次と出水やなまえの友人たちが腹を抱えて笑ってやんの。あんにゃろ〜〜。
とはいえここでこれ以上笑われるわけにもいかねえから、もう一度なまえの手を取り颯爽とステージへ上がって、二人でお姉さんのお手伝いを遂行。最後のお礼にイルカからキスをされてるなまえの嬉しそうな顔は、まぁ、うん、良かったけどね。
「なかなか良い経験できだろ?」
「そういう問題じゃない!」
「ハイハイ。その辺にしてさ、なまえは今回も連敗だし、今日は宿題よりジュースでも買ってきてもらおっかなー」
「お、それ良いね。おれ売店の新作プリンアラモードティー!」
今日も今日とてなまえはオレたちと個人戦をしてボロ負け。ついこの間、名前もよく知らない自分と同じレベルの奴から勝ち取ったポイントを貪り取られてやんの。オレたちにボッコボコにされてるから、自分で強くなったって認識があんまねーのが可哀想なとこだよな。
渋々といった感じでなまえはこの場から撤退する。律儀すぎて可哀想にも思うが、これ以上からかわれてるいるところを見続けるのもなんかアレな気がして。
「米屋さ、お前ぶっちゃけどう思ってんの?」
「ん? 好きだよ」
「は?!」
聞いたのはそっちのくせに驚くのかよ。誰が、と言われなくても話の流れでなまえを指していることくらいわかっているし、この前の遠足の一件でこいつらがお節介焼いたこともわかっている。そしてオレの中の答えもちゃんとあった。
「じゃなきゃ迷子になってんの追いかけたりしねえし、手も繋がないっしょ?」
「そりゃ確かに。なら、告れば良いじゃん。上手くいくだろあの様子なら」
「告る、ねぇー……」
ボーダーに入ってからの数年、付き合うとかなんとかに全く興味が持てないでいる。それでも男子高校生として色々ありはしたけど、ボーダー以上に面白いとは思えないからおざなりになることも多く、どれも上手くいかなかった。
こいつらと個人戦で遊んでるほうが楽しいっつーか、近界と戦うバチバチ感以上の興奮に勝るものなんてありはしない。その事実がどうにかならない限り、付き合うとかにはならないと思う。
「なーんか槍バカにしては消極的じゃね?」
「どーかなぁ〜〜」
自分でも自分がわからない。どうしたいのかは考えていないけれど、はっきりとした気持ちはある。今のままがラクだし楽しくもあるから、関係を崩してしまわないよう慎重になりたい。
「おい、見ろよ。なまえが珍しく男に話しかけられてる」
「おおほんとだ。珍しい〜」
チラリと出水が向けた視線の先に、ジュースを三つも抱えて誰だかわかんねえ男二人と話している姿。多分知り合いではなさそうな雰囲気は遠目からでもわかる。
「米屋、助けに行かねーの?」
「うーん」
「お前さ。そういう曖昧な態度、逆になまえを傷つけるからな?」
「そう? オレってあいつの中でそこまで価値上がってる?」
呆れて「あのなー」と呟いた出水は頭を掻いた。でもそれ以上の返答はないらしい。
結局出水が腰の重いオレを置いてなまえを助けに行く。いとも簡単に腕を掴んでこっちへ引っ張ってきた。久しぶりじゃん、太刀川隊の過保護。
「え、え? ……一緒に個人戦しようって誘われて」
「だそうですよ槍バカ」
「おー、いいじゃん。強くしてもらってこい」
「おーまーえーなー」
「なまえも強くなりてーよな?」
「うん?」
全く状況の読めない女は、ジュースを買って戻ったら雰囲気が悪くなっているアステロイド師匠へ戸惑っていた。
そんなことより、出水が掴んでるなまえの二の腕のほうが気になった。柔らかそうな弾力感が見て取れる。二の腕はどこそこの感触だというじゃん?
「キャー出水クンのえっち〜」
指をさして指摘すれば途端に顔を染めて手を振り払う。さすがの出水も「悪ぃ」とは言うが、怒った彼女は「バカ」と買ったばかりのジュースを出水の胸へ押し付けた。
「行こ、米屋くん! もう一戦してくれるって約束でしょ?」
掴まれた手首。この間の時と違って、なまえの手が熱い。そんなになまえの中でオレの価値が上がっていたのかと思うと、さっきの“はっきりした気持ち”っていうのがより鮮明になる。“バチバチした興奮”とは違うものが自分の中を駆け上がってゾクリとした。
いっそ言ってしまおうか。そしたらどうなるかわかるかもしれない。関係を壊すのは怖いが、なまえがどうしたいかも聞いてみたい。
「なぁ、なまえ」
「米屋くん」
なまえを呼びかけたのに、それと被るように別の人物がオレを呼んだ。タイミングわるっ。思い立ったらなんとかって言うけど、なんとかなんねーじゃん。
振り向けば加古さんと双葉。双葉、相変わらずちっけーと手を伸ばしてその小ささを確かめるように頭を撫でやる。嫌な顔されねえのは好かれている証拠。
そういえばなまえの手がいつの間に離れていたのか、気付きもしなかった。
「急ぎの用じゃないのだけど、ちょっと良いかしら?」
「あ、お、お気になさらず!」
加古さんの視線がオレの後ろへいたなまえへ向くと、慌てふためいている。以前何かの会話で加古さんに憧れていると言っていたことがあったなー。女子の憧れの先はよくわかんねえや。
「三輪くん探してるのよ。東隊、二宮隊、三輪隊とうちで、今度海でキャンプするのはどうかしら。楽しそうでしょ?」
「へぇ、そりゃ楽しそうっすね! 前回と同じとこ借りてやるんすか?」
「どうしようかしら? でも自分たちでテント張るのも楽しそうじゃない?」
オレたちはなんでもかまわねえけど、加古さんがテント張ってるとこ全く想像つかねえかわりに、きっとアウトドアチェアに座って見てるだろうなとは容易に想像できる。そんで二宮さんあたりと口論してる間に三輪と双葉で加古隊のテント張り終えるんだろうことまで想像できちゃう。
「オレたちこの後任務なんで、秀次なら多分作戦室にいると思いますよ。キャンプ、オレは賛成ってことで」
東さんがバーベキューセットの大きいやつを買ったとかなんとか話し込んでしまっていた。だから振り向いた時に、なまえがいつの間にか居なくなっていることに驚く。
「さっきの人なら、会釈して帰りましたよ」
「あら、気付かなかったわ。ごめんなさい邪魔したかしら」
「そういうわけじゃねーんで、大丈夫っす」
「良かったらさっきの子も誘ったらいいわ」
なまえはオレの(いまのところ)友達ではあるけれど、そういう場に行くことは無関係すぎて丁重に断るだろう。曖昧に笑ったけど、何が大丈夫なのか。
『行こ、米屋くん! もう一戦してくれるって約束でしょ?』
手首に残った熱はもう思い出でしかない。もちろんオレがこの約束を破ったわけでもねーし、ちょっとだけなまえが待ってくれていれば良かった話。そしたら十本勝負をして、一切手を抜かずにまた倒して、強いとこ魅せつけて、通信で反省会するよりも先に個人ブースへ行って直接「好き」って言うだけだったのに。
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