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04

「ねぇ純!見て虹が出てるよ!」

さっきまで降っていた雨は止み、足元の水溜りばかりを注意して歩いていた俺とは違って、なまえは上を見上げて何かを探していた。

「おお、キレーだな。足元に気をつけろよ」

「もう!ちゃんと見てる?すぐ消えちゃうよ!」

珍しいっちゃ珍しいが、そんなはしゃぐほどでもないだろ。
それに、綺麗なものに心奪われて水溜りに足を突っ込んじまったら、そっちのほうがテンション下がるだろ。
あ、ほら…言わんこっちゃない。

「ひっ……じゅん〜足濡れた…」

「ほら見ろ!気をつけろつったじゃねぇか!」

テスト期間中、いつもより早い時間になまえを家まで送って行った何気ない日。
足が気持ち悪いと不貞腐れるなまえをバッカじゃねーの!と笑いながら送って行ったのは随分と昔のことだな。





なまえに追い付きながら、ふとそんなことを思い出す。
並んで歩くのはあの頃以来。
あの頃よりも大人になってすっげぇ綺麗になってやがる、と心の中では溜息もの。
自分はなんも変わってないのに、なまえだけ大人になってしまった感じさえした。

「今の彼氏と付き合ってどのくらいだ?」

横に並んでしばらく歩いたが、言葉を選んでいるのか、話し出そうとしないから俺が気になることを聞く。

「三年ぐらい」

「長えな!」

俺とは一年ちょっとだったのに…。
張り合ってるわけじゃねぇけど、声が大きくなったのは仕方ないことにした。自分の中で。

「どこが好きなんだよ」

なんでこんな事聞かなきゃなんねぇんだろ…。
相談役、相談役、と自分に言い聞かせて彼女の返事を待つが、困ったように「わかんない」と笑っただけ。
わかんねぇわけねぇだろ…じゃあ、なんで付き合ってんだよ三年も。

「好きって、言ってもらえたからかな…。どこがそんなに気に入ったのか知らないけど、好きって言ってもらえるってことは、大事にしてもらえるかなーと思って」

「……は?現状と矛盾してんじゃねーか!」

なまえの言葉を理解しようと少し噛み締めたけど、どう考えても今なまえが彼氏に大事にされてる状況とは程遠いような気がした。
だって彼女を目の前に置いてキャバだかクラブだか、はたまたソープだか知らねぇけど堂々と宣言して行くか?
宣言せず行かれても、女としては気分良くねぇだろ、普通…。

それでもお前は今が幸せだって言うのか?


「うん…気が付いたらこうなっちゃってた」


付き合い始めはそれこそ大事にしてもらえていたと思うけど、一年経つと段々と自分に対する興味が彼氏の中から薄れていって…誕生日も記念日も特別な日もなくなっていた。
感情も動かない生活に、時々会うという状況。
別れるという選択肢がないのは、二人でいる時は“お前が一番好きだ”と言ってくれるから。

そう漏らすなまえは、まだ困ったように笑っている。

「なんで別れねぇんだよ!どう考えても大切にされてねぇだろそれ!」



「そう、だね…。でも疲れたんだ。恋愛に振り回されて、別れるって事にも。」




少しだけ合った視線。
きっと真っ直ぐ俺を見ていた。

吐きそうなほど胸が痛い。
それは俺に向けられている言葉でも、あるよな?
あの時、俺が引き止められなかったことを後悔してねぇとでも思ってんのか?

「…あの時のことは!悪かったと…思ってる」

それだけは否定させて欲しくて、なまえの腕を掴んだ。

「あの頃の俺はガキで、お前の気持ち考えてやれるほど大人じゃなくて。っでも……後悔、してる…」

「…後悔って、…」

言った後に、しまったと思った。
俺は相談役じゃねぇのかよ…。
だぁぁぁ!しかも、今このタイミングで言うことじゃねぇだろーよ!
しかし、ここまで言ったらもう後に引き返せなくて、自分の中で腹を括った。
あの時みたいに、何も言えずにまた後悔したいわけじゃない。



「…死ぬほど後悔してる。今でもお前が好きだ。なまえ」



心のどこかで、なまえが俺に転がるんじゃないかって、少ないながら自信とか期待とかあったと思う。

だから、引き寄せたかった腕がびくりと震えたことにも、先程まで苦笑いを浮かべていた顔から大粒の涙が溢れたことにも驚きを隠せなかった。

「…今更、そんなこと…」

なんで泣くんだよ。
泣かせたかったわけじゃねぇよ…。
掴んだ手を離すようにゆっくりと振り払われた。
それはつまり、拒否。

「遅えよな。わかってる。悪ぃ…酔っ払いの戯言だ。お前の今をぶち壊してぇわけでもねぇから…」

拾っても、拾っても、クリスタルのようにキラキラとした涙は零れ落ちていくのを、今の俺はただ見ていることしかできない。
だから…

「泣き止んでくれよ…もう抱きしめてもやれねぇんだから。な?」

過剰に触れることさえできない。
その頭を撫でてやることさえ慮られる。
鼓動する度に切なく胸が疼くのは、本当にもう遅すぎた証拠。
だから、なまえに背を向けてまた歩き出す。
少し後ろを付いてきているのは、クリスタルが転がる音でわかった。



なまえがここだと言うマンションの前で止まった。

「ありがとう」

「随分と小せぇ感謝だな!」

肩を揺らし不安そうな顔をするなまえに、最大限の笑顔を向ける。
なまえが望んでないのなら、今の関係を壊したいわけじゃない。
なまえと彼氏との関係も、なまえと俺の関係も。
一つわがまま言っても良いなら…


「今日の事は忘れて、来週からはまた今まで通りでいさせてくんねぇか?」


そんなの無理だし都合が良すぎると言われてしまえばそれまで。
でも同じ職場でサポートしてもらってんのに、話し辛くなるのは仕事としてもやりにくい……って考えなしにそうしたのは俺なのだけど。
いくら酒が入っていたといっても反省しきれない反省だわ。

「…うん」

視線が合わないままなまえは“うん”と頷いたんだ。
ここで肯定の返事ができるほど、俺たちは大人になっちまったんだよな。
そこにまた虚しさというか、見込みのなさっつーか…。

「じゃあ、また月曜にな。彼氏にぐらいちゃんと嫌な事は嫌だって言えよ!おやすみ!」

なまえが中に入って行くのを確認もせず、すぐに背を向ける。
おやすみの代わりにもう一度、“ありがとう”が返ってきた。


やっぱ終わった関係は戻らねぇし、なまえが彼氏とどうであっても今の俺に入る隙なんてねぇよ。
むしろ、本当かっこつかねぇなー…俺。
乾いた笑いが止まらない。

クソが……胸が死ぬほど痛ぇじゃねぇか。


なまえ。


心の中で何度呼んでも、あいつはもう、振り向かない。
ワイシャツにシワが寄るほど胸元を握りしめていたことには帰ってから気付く。







ーーー

部屋の扉を閉め、それに背を預けたままズリズリと玄関の冷たい床に座り込んだ。
真っ暗な部屋の中には静かさが広がっていたが、私の漏らす嗚咽が途端に響く。

「…っぅ、えぅっ…じゅんの、ばか…」

涙が止まらなくて子どものように泣きじゃくった。
どんなに辛くても悲しくても、絶対に人前で泣いたりなんかしないようにしていたのに…

今まで通りに、と言った彼に都合良く「うん」なんて言って、私は卑怯だ。
眉を下げ苦しそうに笑った純に、溢れ出る罪悪感。
今まで通りでいたいと思ったのは私。
純と会えて、今まで通り親しくしてもらえて、嬉しかったのは…

「じゅんっ…じゅん…!!」

嗚咽の合間に呼んでしまうほどの彼の存在とは…?

心の中でリフレインする彼の“好きだ”という言葉。表情。
甘く切なく心を締め付けて、私をさらなる罪悪感に陥れた。

なんで今更そんなこと言うの?
なんであの時にそうやって言って引き止めてくれなかったの?

遅すぎるよ…。

私の彼氏は鈴木タカヤ。
大好きで、最愛の人。
私は彼に愛されたいと思っている。


私の好きな人の名前は……



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