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05 声はきこえる

「みょうじさんさ、好きなやついんじゃないの?」

 田中くんに言われてどきりとした。
 私たちは相変わらず前後の席で、彼女ができたのに田中くんはときどきはこうして私にも話しかけてくれる。優しいなぁ。その優しさはいまとてつもなく残酷だけだけど。
 好きなやつ、とは。今現在あなたですけど。どうして突然そんな話題を振ってくるのか。動揺を必死に隠す。

「なんのはなしかな」

「誤魔化さなくてもいーって。あいつだろ?」

「え?」

 彼の視線の先にいるのは日光浴をしている猫、ではなく机に伏せって眠っている当真だ。私がこんなにも好きだというアピールをしているのに、田中くんでさえこの勘違いなのか。鈍感さんだなぁ。
 田中くんには彼女ができたわけだし、当真に私が片思いしていると思われても困ることはない。当真が困るだけだろう。

「違う違う。それ当真に失礼だよ。当真は勉強はアレだけど、とっても良いやつだし、優しいし。あ、ボーダーでは超強いんだよ!」

「へぇ」

「当真はどの女の子に対しても平等に優しいから勘違いされやすいんだけど、」

「それみょうじさんにだけだと思うけど。……つか付き合ってんだろ?」

「だーかーらー、付き合ってないってば」

「……うそだろ?」

「最近みんながそれ誤解してるんだけど。少し距離あけたがいいのかなぁ」

 言えないけれど、これだけ体の関係を持ってこれだけ心の中を明け透けに話しているのに当真と付き合えるわけがない。当真だっていまさら私を彼女にしたいなんて思わないだろう。

「ふ、ふーん……」

「なにその微妙な反応」
 
「べつに。みょうじさんってそんなやつだったんだな」

「えっ!? そんなやつってなに!? モテなさそうって話!?」

「あー……うん、そう。それでいいや。あと、バカで鈍感そう」

「なにそれー! 便乗暴言吐いてない!?」

「……マジな話、あっちがどう思ってるかわっかんねーよ?」

 言い返す言葉が止まる。丁度よくチャイムが鳴って、先生も入ってきて、呆れた顔した田中くんも前を向いてしまって、「どう思っているとは?」という続きを聞きそこなった。
 当真がどう思っているか? 当真が私をビッチ女だとか依存女だとか思っているというのならわかる。納得のいく評価。でもまさか田中くんはそんなこと知らないだろうし、それ以上に田中くんが当真と絡んでいるところを見たこともない。だから田中くんは当真のことなんて私以上に知らないはずだ。
 それなのに田中くんはまるで当真のことをわかっているみたいに言う。それがいやに胸へ引っかかった。
 私たちは興味本位でセックスして、楽しんで、お互いの心の隙間を埋めていると思っていた。けれど、それは本当に私たち二人ともそうだった? 当真から誘われることはあっても、気持ちまで確認したことはない。なにを考えているかわからないから私が勝手に「寂しいのだろう」と決めつけているだけ。
 ……田中くんが言いたかったことはなんだろう。


 その日一日、どんなに考えても田中くんの言いたかったことがわからなかった。そんな中途半端に言うくらいならなにも言わないでほしかった。答えが知りたい。いつも笑って受け入れてくれる当真のことしか知らない自分のことが嫌になってしまう。
 ぼんやりしていたらあっという間に今日が終わっていた。
 考えれば考えるほど自分たちのしていたことが悪い事だったように感じるし、私が当真を縛り付けていたように思えてしまう。田中くんはなにをどう察したかわからないけど、そう言いたかったのだろうか。
 悪いことだなんてわかっていたことなのに、どうしてか今さら後悔ばかりが募り始める。

「なまえ? まーたセンセーに呼び出されてんの?」

 重たい教科書やら参考書をゆっくりとした動作でカバンへ入れていく。その間に教室からは多くの生徒が帰っていった。

「ううん」

「ならさっさと帰ろうぜ。今夜、防衛任務なんだよ。早く帰って寝とかねえと」

「……うん」

 言葉に含まれる“帰ろう”や“寝よう”という言葉が私たちの中の合図のようなものになっていた。今日シようという甘いお誘い。
 当真の顔を見るといつも通りで、下心も悪気も善意もなにもわからない。これは当真からの誘いなのだから本心だろうか? でもここ最近連日で一緒にいることが多かったから惰性じゃないって言える?

「マジでどうした? 彼女が迎えに来たの見てショックだったのか?」

「え、だれの?」

 当真の指が前の席を指す。そんなことがあったなんて気づきもしなかった。そうか彼女と帰ったのか。ひとにはモヤモヤとする爆弾投げるだけ投げていったくせに。せいぜい彼女と仲良く泥水溜りに足を突っ込んでお幸せになってください。

「あ、そうだったんだ。今日の夕飯考えてて全然見てなかったぁ。幸せそうでいいね」

「そうだな。――んな幸せになれるんなら俺も彼女つくろっかなぁ」

 変な緊張が体を走り抜ける。大きな鼓動のせいで指先が震える。どうして今日に限ってそんなことを言うの?
 簡単に言えば、当真のその言葉に私は酷くショックを受けていた。今までの自分が呑気だったような気がした。なにも考えずに今日まで過ごして、当真の気持ち考えもせず束縛して。呑気どころの話じゃない。
 当真のことだから、心から好きな人ができていたらきっと大事にするし私なんかとっくに捨てられている。今日までそうならなかったのは、当真が優しくて“可哀想な私”に恋愛そっちのけで付き合ってくれていたからだったとしたら? それなのに自分は当真にいままでなんの相談をしていた?
 気がつけば教室に残っているのは自分たちだけになってしまっていた。朝なのか昼なのかわからないほどまだ明るい教室。空気の流動もない。なにもないと思っていた私と当真の間に、確かな溝ができてしまった瞬間だった。
 自分はなんて嫌な女なのだろう……。そんな当たり前のことを今さら理解したなんて遅すぎる。不安と後悔の波が荒れ狂うように押し寄せてあっという間に私を飲み込んでしまった。

「当真、彼女ほしいの?」

「まぁそれなりに?」

 皮肉げに当真の口の端が上がる。そりゃ誰だって彼女の一人や二人欲しいに決まっている。それはセックスができる女のことではなく、好きな人って意味で。だから、当真に必要なのは私ではない。こんな異質な関係、本当は当真だって望んでいなかったということだ。
 カーディガンの裾に隠れた手を強く握りしめると、爪が手のひらに食いこんで痛んだ。


「ねぇ、当真。この関係やめよ」


 当真に必要なのが私でないなら、それならせめていまは強く拒絶を示し離れなければならない。自分の寂しさを当真に押し付けて満足していたなんてどうかしている。

「は?」

「こんな関係続けてていいわけないよ。……お互いまともに恋始めようよ」

「……それ、お前が言うのかよ」

 一度は視線を逸らした当真が再び私を見ると鼻で嗤った。初めて当真から向けられる視線が冷たいと感じた。それでも逸らすことなく真っ直ぐに浮かべた笑顔で見返す。

「友だちに戻ろ、当真」

 残された舌打ちの音。文句とか言い訳とか批判とか軽蔑とか何か言ってよ。責めてくれるなら、私はそれら全てを受け止める覚悟が今この瞬間はあったのに。
 好きにしろと言って当真がひどく冷めていた。当然だろう。当真が出ていってしまったあと、教室の中がぐにゃりと歪んで目から熱いものがこぼれ落ちる。
 文句の一つも言わずに行った当真が優しすぎて苦しい。まるで大事なものを失くしたかのように苦しい。これまでの愚かだった自分を思うと苦しい。胸が痛い。
 自分がこうするって決めたのに、もう二度と元に戻れないのだと思うと、あの腕の中が恋しくてたまらない。けど、どれだけ恋しくてももう戻るわけにはいかない。
 これからはきっと以前のような友だちに戻れると信じて自分の手で涙を拭った。