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02
プリン記念日(私が勝手に名付けた)から数日。特に私の日常に変化はない。どうして伊佐敷先輩が私のクラスまで把握していたのかは謎のままだけれど、もしかして…と淡く抱いていた期待は、日を追うごとに萎んでいった。今時、少女漫画みたいな展開を望んでしまっているなんて、私はどうかしている。


「いらっしゃいませー」


今日も今日とて、私は間延びしたお決まりのセリフをお客さんに投げかけながらレジに立つ。ちらりと時計を見れば、野球部はそろそろ部活が終わって自由時間に差し掛かった頃だろうか。
あの日以来、伊佐敷先輩はこのコンビニに来ていない。もしかして避けられているのだろうか、なんて不安を抱いたけれど、そもそも避けられる理由なんてない筈だと思い直し、来店を告げる音楽が鳴り響いたのを機に視線を入り口の方に向けると、そこには珍しい人物が2人いた。


「へぇー。ほんとにバイトしてたんだ」
「ヒャハ!制服似合わねぇ!」
「うっさいなあ…何しに来たの?」


入り口から真っ直ぐレジに向かって来たクラスメイトの御幸と倉持は、物珍しそうに私を見てニヤニヤしながら声をかけてきた。この2人は、普段ほとんどコンビニに来ない。だから今こうして2人揃ってレジ前にいるのはとても珍しい光景だ。
一体何をしに来たのか。私の問いかけに、御幸は眼鏡の奥の瞳をより一層細めながら口を開いた。


「先輩達に頼まれて買い物しに来たんだよ」
「いつもは来ないじゃん」
「今日はミーティングとかあって忙しかったからなー…あ、もしかして先輩に来て欲しかったとか思ってんじゃねーの?」
「なっ…別にそんなことないし!」


誰に、とは言われなかったけれど、先輩ときいて思い浮かぶ人物はただ一人で。私は倉持の言葉に内心で相当焦りながらも、なんとか取り繕う。不自然なところはあったかもしれないけれど特に追求されなかったことには安堵するばかりだ。
その後、頼まれたのであろう飲み物や食べ物をカゴに入れ込んだ二人は再びレジにやって来て、私がレジ打ちしている姿をじーっと眺めている。うるさく絡まれるのは嫌だけれど、無言で観察されているだけというのも居た堪れなくて気持ち悪い。


「何?言いたいことでもあるの?」
「…純さんと、何かあった?」
「は?え?は?」
「ヒャハ!わっかりやすい反応!」


好きな人のフルネームぐらい覚えている。だから、純さん、という単語に、持っていたペットボトルの飲み物を落としそうになるほど動揺を見せてしまった。その飲み物は何の因果か、いつか伊佐敷先輩が私にくれた炭酸ジュースと全く同じもので。私は胸がドキドキするのを抑えるのに必死だ。


「みょうじって純さんのこと好きなの?」
「な、何言ってんの…、意味分かんないし…!」
「だから、わっかりやすい反応すんなっての!バレバレ」
「じゃあきくけど……好きだったら何だって言うの……2人には関係ないじゃん…」


元々、嘘を吐いたり隠し事が上手くできるようなタイプじゃないってことは、自分が一番よく知っている。バレバレだという倉持の言葉通り、私は何ひとつ隠しきれていなかったのだろう。
私は観念してふて腐れたように呟きながらレジ打ちを済ませ、合計金額を伝える。すると御幸が財布を取り出しお金をカウンターへ置いたと思ったら、つい今しがた丁寧に詰め込んだ袋の中を漁り始めた。
何をしているのかと思いながらもお金を受け取り、お釣りを渡そうとレジに向けていた視線を御幸に向けると。


「これ、純さんからみょうじにって」
「……え、」
「お礼はまた別で、これは差し入れだって言ってたけど…何があったの?」


目の前に出されたのは、またもや、あの炭酸ジュースのペットボトル。お釣りを渡すかわりに差し出されたそれを受け取ると、なぜかじわじわと胸が熱くなってくる。
これを差し入れにくれるってことは、伊佐敷先輩もあの日のことを覚えてくれているのだろうか。そもそも差し入れって、なんで私なんかに。お礼はまた別って、何?
疑問ばかりが増えていくけれど、それ以上に嬉しさが勝って。きっと今の私の顔は相当だらしないことだろう。


「何かあったのかってきいても、純さん教えてくれねぇんだよな」
「……内緒、」
「は?」
「私と伊佐敷先輩だけの内緒!」


倉持にすごく怪訝そうな顔をされてしまったけれど、そんなことは気にならない。


「まあ確かに、2人のことに首突っ込むつもりはないけど」
「うん?」
「俺達も色々頑張ってんだからみょうじも頑張れよ」


結局2人はそれだけ言い残すと、大きなビニール袋を引き下げてコンビニを出て行ってしまった。頑張ってるってなんだろう。部活のことかな。
考えている間にお客さんがレジに並び始めてしまったので思考はストップしてしまったけれど、やっとのことでレジが落ち着いた頃、私は手元に残された炭酸ジュースを見つめる。
あの日、あの時、伊佐敷先輩に出会っていなかったら。あの笑顔を見ていなかったら。私はこんな風に幸せなドキドキを味わうことなんてなかったんだろうな。
私は炭酸ジュースを冷蔵庫にしまうと、店長も驚くほどの上機嫌ぶりで残りのバイト時間を過ごしたのだった。


◇ ◇ ◇


それからまた数日が経過して、私は相変わらずバイトに勤しんでいた。お金を稼ぐためというよりは、伊佐敷先輩に会えるかも、という下心だけでシフトを増やしてもらったら、日々の疲れが溜まっていたのか、今日は体調が優れない。
バイトの男の子にも、顔色悪いっすよ?と心配される始末で、いよいよ気分が悪くなってきたことを自覚する。少し休めば落ち着きそうだし大丈夫だと思うのだけれど、今日は割と落ち着いているからという店長の計らいで、いつもより早めにあがらせてもらうことになった。
辺りはもうすっかり暗くなってしまったけれど、少し休んでから歩いて帰れば問題ないだろう。そう思って入り口横の邪魔にならないスペースに座って夜風に当たっていると、だんだん気分もすっきりしてきたような気がする。
そういえば、伊佐敷先輩が声をかけてくれたのも私がここに座っている時だったなぁと思い出す。よし、そろそろ帰ろう。そう思ってその場から私が立ち上がるのと、みょうじサン?と声をかけられるのがほぼ同時だった。その声を、聞き間違える筈もない。私の視界には伊佐敷先輩が飛び込んできた。


「今日はもう帰んのか」
「え…と、はい…実はちょっと、体調…悪くて」
「はぁ!?」
「ご、ごめんなさい。でもそんなにひどくないので…」
「そういう問題じゃねぇだろ!」


少し遠くから長い足でズカズカと近寄ってきた伊佐敷先輩は、終始イライラした様子で声を荒げている。反射的に謝ってしまったけれど、何か悪いことをしただろうか。私がバイトを早めに切り上げたら困ることでもあったのかな?


「そ、そういえばジュース…ありがとうございました」
「あ?あぁ…おう…」
「お買い物、するんですよね」


偶然とは言え伊佐敷先輩に出会えたおかげでジュースのお礼を言うこともできたし、気分も上がった。伊佐敷先輩とはもう少し話していたかったけれど、あまり長く引き止めておくのは申し訳ないと思い、それじゃあ…と立ち去ろうとしたところで、パシッと腕を掴まれる。
痛くはない。ただ、驚きと、伊佐敷先輩に触れられたという事実が信じられなくて、私は固まってしまった。


「ちょっと待て!1人で帰んのか!」
「そう…です、けど…」
「……送る」
「えっ!いや!大丈夫ですよ!」
「危ねぇだろ!」


伊佐敷先輩に掴まれた箇所だけが燃えるように熱い。伊佐敷先輩に送ってもらうなんて、そんな恐れ多いこと頼めない。それ以前に、私の心臓がもたないからお断りするしかないというのに。
伊佐敷先輩は引き下がる様子もなければ、腕を解放してくれるつもりもないようで。近いので大丈夫です…と消え入りそうな声で最後の悪あがきをしてみたけれど、体調悪いんだろ!と言われてしまえば、それ以上抵抗することはできなかった。


「じゃあ…お願い、します……」
「おう」


私の返答に納得したらしい伊佐敷先輩は、私の腕を掴んでいたことに今更気付いたらしく、慌てて手を離した。途端、腕から熱が遠退いて名残惜しいと思ってしまったのは、私がそれだけ伊佐敷先輩に心を奪われている証拠だと思う。
私と伊佐敷先輩の間になんとなく気まずいような、緊張した空気が流れる中、コンビニの入り口が開閉するたびに聞こえてくる、いらっしゃいませーという同僚達の気怠そうな声が、なんともミスマッチで。
それら全ての空気を一蹴するかのように、ぶわりと、生温い夜風が駆け抜けていった。


by あげは様


AofD しゅわしゅわ滲む恋ゴコロ [ 02 ]