×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
07
別に何もなかったと思う。
なまえはいつも通りだったように感じるし、わりと楽しそうに俺とキャッチボールしていたと思う。
でもその言葉に自信がないのは、あくまでそういう風に見えたというだけで、俺の勘違いかも知れない。


「伊佐敷くん、好きだよ」


片付けをした後、別れ際に突然なまえがそう呟いた。
それがどういう意味かなんて、一つしかないのは知ってる。
だけど、恥ずかしさが上回って、それに気の利いた言葉は返せなくて

「…おう」

と、言っただけ。
なまえがそれに対して浮かべた笑みは、握り潰されそうなほどの胸の痛みを感じさせられた。
…なんで、んな顔すんだよ。


それなのに、引き止めることもせず見送ったのを今はひどく後悔している…。
その日、なまえから初めて連絡が来なかった。
次の朝、顔を合わせて挨拶をすれば、そのまま朝のホームルームで席替えをすることになる。
もちろんまた隣同士になれるなんて奇跡はなくて、「離れちゃうね」なんて言いながらなまえは次の席へと移動した。

今度の席は良席。
窓際一つ隣り、一番後ろの一つ前。
左右前後は話しやすいやつばかりで、斜め後ろには亮介もいる。
ただ一つあるとすれば……なまえは、最前列の出入口のそば。
視界にはなんとか入れられるけど、すげぇ離れちまったなぁなんてその後ろ姿をぼんやり見つめた。


「純、最近よくなまえのほう見てるよね」

食堂で昼飯を食いながら、真向かいに座った亮介に突っ込まれる。
他のやつらは、沢村と降谷の話をしていてこちらの話なんて聞いていない。
好きになった?なんて茶化すように言われても、んなのわかんねぇわ。

席替えから一ヶ月経ってもなまえからは連絡一つこなかったし、話しかけてくることもなかった。
自分から連絡もし辛くて、なにより、彼女の告白に対して返事もまともにしてないくせに、彼女の熱が冷めることには腹が立っているこの現状。

なんだよ…お前の好きって、その程度だったのかよ。

「…見てねぇよ」

「そう?なまえさ、最近なんか色気付いてるよね」

言い方な。
色気付いてるっていうより、…可愛くなったというか。
元から可愛かったわ!って言葉は飲み込んだ。
色の付いたリップ。
毎日少しずつ変わる髪型。
…少し短くなったような気がするスカート。


「純、顔、顔。すごい怖い」

「うっせぇな!元からこんな顔だ!!」

こちらを見ながら嘲笑う亮介は、サラッと言葉にする。

「可愛くなったよね」

「知らねぇ」

「最近、人気出てるらしいよ?この前も告白されたらしいし」

「は?!」

「近所の保育園の男の子に」

「…っお、まえな!!!」

思わず立ち上がってしまい、視線を集める。
言い返したい言葉は喉まで出かかったけど、拳を握って止めた。
亮介のこういうとこ本当腹立つ。

「素直になれば良いじゃん。今、どう思ったわけ?」

わかったように言いやがって。
どう思ったか?
んなもんッ…

「俺、先戻るわ」

未だ何事だと様子を伺ってるやつらにそう言って苛立つ気持ちのまま食堂を出た。



知ってる。
わかってる。
自分の気持ちなんて、本当はとっくに気付いてた。
でも、あいつから告白してくるし、むしろ何回も好きって言ってくるし、あいつが俺を好きだった期間の方が長えし…なんか、言い出し辛え。
そう思ってた。

けど、他の男と仲良くしてるとこは絶対に見たくねえ。


「なまえ」


教室の前側の入り口を開けて、すぐのところになまえはいた。
知らねえクラスの男子がなまえの横に座って話しかけている。
絶対見たくねぇって思った時に限って出くわすとはツイてないにもほどがあるだろ…。


「伊佐敷く、ん…?」


なぁ、その男は俺の代わりか?

へらりと笑っている男の顔に虫唾が走って顔を顰める。
それを見てか男は慌てて「じゃあ」と去っていくし、なまえは別に気にすることなく「頑張ってね」と返していた。
それが余計に腹立たしくて、納得がいかなくて。


「ちょっと来い」

「今から?授業、始まっちゃうよ?」

もとより優しい言い方なんて知らねえ。
なまえが一瞬肩を揺らしたのも、少し怯えた目で見ているのもわかってる。
語気が荒がる意味を知ってくれ。

「いいからッ…」

「純〜!」

なまえの腕を掴みかけた時に能天気な声が俺を呼ぶ。
こちらがギロリと睨んでいるのも気にせず、ニコニコとその女は俺の腕に絡みついてきた。

「純、ねぇねぇ、あっちで結城くんが呼んでるよ」

「あ?!んなもん今は…」

「急ぎの!…用だったらいけないから、行った方が、良いよ!」

またちゃんと聞くから、なんて目も合わせねぇやつの言うセリフじゃねぇだろ。

「そうかよ!んなら、もう良いわ!」

邪魔くさい女の腕を振り払った。
ようやく見上げてきたなまえの顔は、教室を出てしまえばもう見ることはできなかった。






「純待ってよ!」

「んだよ!」

「哲くんが呼んでるの、嘘だよ」

「は?」

イラつくまま早足で進んでいたら、後ろから追いかけてくるのはなまえではない。
追いついた、とまた腕を取られる。
いつも思うけど、こいつ本当に距離が近ぇ。

「純がみょうじさんに告白しちゃうんじゃないかと思って邪魔しちゃった」

恥ずかしそうに笑うこいつは、見るやつが見ればきっと可愛く映っていることだろう。
こいつの気持ちはきっとそういうこと。
さすがにそんな鈍くねぇから、ここまであからさまだとわかるわ。
でも、なまえに比べれば派手で、二年の時同じクラスだっただけのこいつのことは、ただの友達だと思ってた。


「言いたいことはわかった」


もちろんそれは現在進行形。


「悪いけど、俺はお前を友達以上には思えねぇ」


そして未来永劫系。
今じゃないタイミングであれば、きっともっと丁寧にお断りできていたであろう。
今だから怒り任せになるその言葉。
それだけ頭の中が真っ白で、心の中が真っ黒に支配されてしまっている。

「な…ま、待ってよ!私まだ何も…」

俺が好きなのはお前じゃない。
追いかけてきて欲しかったのも、笑って欲しかったのも、全部ただ一人。
切なく締まる胸が痛すぎて余計に腹が立つ。


踵を返して戻る教室。
そいつが何か叫んでいたけど、そんなことどーでもいい。

もう一度なまえと向き合う気にもなれず、教室の後ろ側から入って乱暴に自席へ座った。
ムシャクシャする苛立ちは次第に、虚しい喪失感として俺を苛んだ。


なんで、もっと早く返事しなかったんだよ…バカヤロウ…。


AofD 伊佐敷くんと付き合うまで [ 07 ]