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- ナノ -
01
 自室ではなく白い天井が見える部屋で目を覚ます。
 そういえばリカバリーガールが出張に行っているから、今日は問題を起こすなと授業の前に先生が言っていた気がする。今さら思い出したところで時すでに遅いってやつ。
 私は爆豪くんの全力爆破を受け、お医者様の話によると病院で二週間の入院を強いられることになったらしい。とはいえ、私自身は勉強したり周りに馴染むよう気を遣ったりしなくて済むと思えば気楽なもの。
 入院の手続きに来てくれた母親にはこっぴどく叱られた。怪我の心配ではなく「問題を起こすな」という意味で。
 こうなってしまった原因である爆豪くん家からはご両親がやってきて、丁寧に頭を下げ謝罪をしてくれた。どうして親が出てきて謝るのか。彼を怒らせたのは私なのに。それがどうしてかわからなくて、また自身の両親とあまりにも対応が違いすぎて私は首を傾げてばかり。

「怪我、痛むわよね? うちのバカ息子がごめんなさいね」

「あの。爆豪くん、なにも悪くないです」

 私が彼を怒らせるようなことを言ったからとしか説明はできない。しかし彼の母親は、爆豪くんが怒って私へ手を挙げたのだと聞いているらしい。本人から。
どうして? と考えるより、狡い考えの私は彼の話に便乗し、自分のことは隠しておいた。

「私が、彼にヴィランみたいって言っちゃったんです」

 彼の母親は「そう。本当にごめんなさい」と悲しそうに笑った。すぐにわかったことは、彼がこの母親から愛されているということ。どの親だって普通は、自分の子供がヴィランみたいなんて言われて嬉しいはずがない。
 やってきた教師たちにもそういう話にしたが、怪しまれることも私が爆豪くんに「ヴィランになりたい」と発言したことについても、誰一人として触れることはなかった。安心、して良いんだよね? 内心のびくびくした感情は次第に鎮まる。つまり彼は黙ってくれているらしい。
 教室では陰キャラをキメている私に御見舞いなんて誰も来ないと思っていたのに、A組の子たちは毎日誰かやって来た。良い子たちだなぁ。将来立派なヒーローになるんだろうなぁ。私とは違う光の道を歩むんだなぁ。そういう目でしか見られない自分がなんだか惨め。




 退院し、復帰した学校初日の放課後。私は帰ろうとする彼をこっそり教室へ引きとめた。彼に話がある。周りに誰もいないことを確認してから、そばへ寄った。

「くだらねぇ話ならまたぶっ飛ばすぞ」

「一度もくだらない話したことないけど……なんで爆豪くんは私の事、黙っててくれているのかな?」

「あ?」

「感情爆発させちゃうほど、ヴィラン、嫌いなんでしょう?」

「帰る」

 相変わらず怒り気味な彼は私に踵を返してしまう。ちょっと待ってよ。答えてよ。くだらない話じゃないんですけど。
 その背のシャツを掴もうとした矢先、教室を見回っていた先生に「青春してないで帰れよー」と言われてしまって。余計に彼を怒らせたみたい。


 帰り道。彼の後ろを歩きながら一度だけ「教えてほしいなぁ」と言ったけれど無視。まさに意地悪。すごい。勉強になります。ようやく彼が話出した時には「じゃあ」の前の話なんだっけ? と一瞬だけ頭を悩ませた。それほど沈黙した帰り道だったのだ。

「じゃあ聞くが、なんでンなモンになりてぇって思ってんだよ」

「なんでって……だって私んちみんなヴィランだし……」

「家族がヴィランだとか関係ねぇだろうが。ヴィランのどこがいいんだ? アァ? 言ってみろ」

「え、ヴィランに良い所なんてないよ?」

「あぁ!?」

 ヴィランに良い所なんてあったらそんなのヴィランじゃない。悪者なのだから悪い所しかない。ようやく私と向き合ってくれた爆豪くんは相変わらず眉間にひどい皺を寄せている。

「ちげェわ! バカ! どこが魅力的だと思っとんだ!」

「魅力? 魅力もないよ。だってヴィランだもん。憧れも、羨望もない。ただ、私は生まれながらにヴィランの家系でヴィランだから立派なヴィランになりたいってだけで……わかるでしょ?」

 良い所だとか魅力だとか考えたこともなかった。ヴィランの良い所なんだろう? 自分勝手に行動できるとか? でも、今はヴィランも協調性だとか、上下関係とかそんなことが煩いしクライアントは過激なことを求めてくるし。父親の仕事をこっそり見ながら大変そうだなぁとしか思わない。
 そんなことを言葉にしてみたら、爆豪くんには「ボケッと生きてんじゃねぇよアホが」と鼻で笑われた。でもその一瞬は少しだけ眉間の皺が緩んだような気がする。

「あ……ここ、私んち……」

「とっとと帰ってクソして寝ろ」

 爆豪くん。いくら私がヴィランになりたいとか言う変な子だからって、女の子にクソしろってちょっとどうかと思う。
 しかし、いつの間にやら家の前まで送ってもらえたみたいで、ちょっと驚いた。どうして知っているのだろうかと首を傾げただけなのに、「この前謝りにきた」と語気強めで教えてもらった。それはそれは……きっとうちの両親は大したおもてなしもしなかったことでしょう。

「送ってくれてありがとう」

「勘違いしてんじゃねぇ。てめぇが変な考え起こすんじゃねぇかって見張っとっただけだわ」

「何もしないよ〜」

 雄英にいる間は大人しくヒーローについて学ぶだけ。そうするのが我が家の決まりだから。ただ静かに、ヒーローとはなんたるかを学び弱点を探る、それだけ。どうせ裏切ることになるから、友人たちも表面上だけの関係を取り繕っておいて深くなくていい。爆豪くんもそう。私とヴィランになってくれないというなら、いつかは相対する。これ以上は関われないなぁ。
 勝手に帰っていく背中へ小さく手を振っておいた。





MHA Melting into you [ 01 ]