短編 | ナノ
荒木雅子とお隣さん



"あなたの一番好きな人は誰ですか?" と聞かれたとき、たいてい幼稚園児ってものは自分にとって身近な人──例えば両親や兄弟が一番だと答える。だって何より愛を身近に感じる人たちだから。
じゃあオレの場合はどうだったっけ?ボランティア活動の一環として幼稚園に来て、足元もおぼつかないガキ達相手にしてたら、ふと思った。



 :



「オレの場合はさ、雅子ちゃんだったと思うんだよね」


授業は公欠して行って来たボランティアの帰り、せめて部活ぐらいは途中参加していこうと思い立った。オレは職員室に来てその旨をバスケ部顧問である体育教師の荒木雅子に伝え、そしてずっと考えていたことを言った。
当然、彼女はオレの言わんとしてることの趣旨が全く分かっていないので、日頃からキュッと寄せてる眉間の皺が一層深くなった。


「いったい何の話だ?」

「ん、昔の話だよ。ほらオレがこんなちっちゃい頃にさ、よく「雅子ちゃんの旦那になるー」って言ってたじゃん?ガキんちょ達見てたら思い出してさー」


懐かしいな、とあの頃を思い出しながら彼女の年の割りには傷んでなく艶のいい黒髪を手櫛で梳いた。最初は首筋を掠める毛先がくすぐったいのか彼女は首を窄めたりしたが、オレにやめる気配が無いのを察したらしく肩の力を抜いてされるがままになった。


「よく憶えていたものだなそんな昔のことを。それと、学校では先生と呼べと言っているだろ」

「いいじゃないですかーもう勤務時間外……あ、今晩久しぶりに部屋に遊びに行っていい?」

「ダメだ」

「おー即答!」


もしかしてコレかい?と親指を立てたら肘鉄食らった。痛いのなんのって、さすが元全日本代表選手の肩書きは伊達じゃない。
オレはよろめきながら近くの椅子を引き寄せ座った。雅子ちゃんはオレの方に見向きもせずひたすら慣れないタイピングをしていた。


「バカも休み休み言え」

「いーじゃん遊びに行くくらい。どうせ玄関でて右に五歩で雅子ちゃんの玄関よ?」

「ダメだといっている。そもそも何しにうちに来る?」

「先週のNBA決勝戦を録画してたから一緒に見ようと思って!」


どう?と問えば彼女の肩が僅かに震え、タイピングの手が止まった。ああ悩んでる。オレ単体は即答拒否なのにバスケが絡んだとたん雅子ちゃん凄く悩んでる。なんか悲しいな。


「なんなら準決勝もどう?」

「……仕方ない」

「やったー雅子ちゃん大好き!」


職員室中に響くほど派手な音をたてながら椅子から立ち上がった。回転の悪いキャスターが、それでも頑張って転がっていく。
それを無視して雅子ちゃんに後ろから抱きついた。


「おい!学校では止めろと何度言ったら!」

「家ならいいの?」

「う………」


雅子ちゃんが言葉に詰まらせ頬を染めた。否定しないということは肯定と受け取っていいのだろうか。まったく素直じゃないなぁ彼女は。
ま、そんなところも好きなんだけど。


「もぉー荒木家に嫁いじゃおうかなあ」

「馬鹿言え。嫁ぐのは女の役目だ」

「それ古………え?」


いつのまにか結婚前提の話になってるような気がする。
ねえ、本気にしていいの?



∴初恋は意外と実るようで
20130208‖企画【黄昏】様へ提出


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