緑間と女子
「あ、おしるこ……」
「なに!?」
大好物の四文字を聞いた瞬間、たまたま一緒に来ていた緑間が目にもとまらぬ速さでおしるこのコーナーに張りついた。流石と言うべきか、バスケ部の反射神経は凄まじい。いや、おしるこだから素早いのか。
ショッピングモールの食品売り場で、籠を片手に今晩のおかずを買ってた時だ。今日のセール品は何かなーって見ながら歩いてたらたまたま見つけたおしるこ。しかも24個詰めの、一箱1980円。自販機ではひとつ120円だということを考えると素晴らしくお得だ。
「おしるこが…こんなに……」
箱を両手で持って感動(っていうか驚愕?)する緑間。普段から高尾くんにからかわれても無表情を貫いてきただけあって、目を爛々とさせながらおしるこの山を眺める緑間は貴重な瞬間だ。
「買っちゃえば?」
いくら高校生になってお小遣いアップしてると言っても毎日120円使ってたら生活が回らないでしょ。これからぐんと寒くなるが、値段を考慮すれば冷たいか温かいかなんて微々たる問題だろう。
それに、緑間がおしるこを買いに自販機に付き合う手間も省ける。まさに一石二鳥ってやつだ。冷たい、ということさえ目をつぶれば。果たしてそれが完璧主義の緑間にできるかどうか。
「しかし、冷たい…」
「そんなのたいした違いはないだろ」
「だが「温かい」でこそ、おしるこの味や香が一番引き立つのだよ」
自販機での微妙な温めて具合がおしるこのとろみと粒の甘味がうんぬんと語りだしたので、私は思わずため息をついた。じゃあ買わないのか、と聞くとこれまたうんうん唸りだす緑間。これは困った。
幸いにして私たちの居るセール品コーナーは野菜や肉類のコーナーと離れていて人通りが少ないから長く立ち止まっていてもさして邪魔にはならない。邪魔にはならないけども、おしるこの箱を持ち上げたり棚に置いたりするでかい男は若干不審者だ。
「もう私先行くよ?」
「あ、待て」
「おっと」
妙に緊迫した顔の緑間に腕を掴まれ引き止められた。それほど悩む問題か?これ。
「じゃんけんをするのだよ」
「はあ?」
「オレが勝ったら買う、お前が勝ったら買わない」
「なんだソレ」
いいからやるのだよ。と緑間はまるでスリーシュートを打つときみたいに真剣な眼差しで、組んだ手の内を覗く。それって小学生の時に流行ったおまじないじゃん。未だにやってる高校生初めて見たよ。
まったく馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、あまりにもやる気の緑間を見てたら断れなくなった。さっさとじゃんけんして決めてもらおう…うわ、テーピングまで外したよこの人。
私は深いため息をついて持っていた籠を下に下ろした。いいよやってやろうじゃん。
「じゃーんけーん」
ぽん。ほぼ同時にそれぞれの手が出される。私はグー、緑間はチョキ。つまり買わない
「はい決まってよかったねー帰るよー」
「ま…待て」
「まだなんか?」
「これは、その…」
三回勝負なのだよ。って緑間は左手をチョキにしたまま必死の形相で私の肩を掴んでる。もうそんなに未練がましいなら思い切って買っちゃえばいいのに。
「はあ…じゃあ何、先に三?それとも二?」
「三勝だ。先に三回勝ったら真の勝者なのだよ」
負けたことが悔しかったのか、おしるこを諦めきれなかったのかは知らない。でも、一度負けたくせに上から目線なのは気に食わなかった。
私はもう一度緑間に向き直って、両手をグーパーさせて準備運動をする。緑間は今日のラッキーアイテム、カイゼルヒゲ付きのパーティーメガネをいつもかけてるメガネな上から付けて準備万端。なんなんだ私ら。
「じゃーんけーん」
ぽん。私はチョキで緑間はパー。緑間は信じられない物でも見てるように驚愕する。宮地先輩が本当にパイナップル持って来たあの時みたいにすごい顔してる。
だが私はあえて気付かないフリして三回戦目の掛け声をつける。待て、と緑間の狼狽える声がしたがさっきから待て待てってもう飽きた。
「ぽん」
「!!」
「はい決まり。もう撤回はなしだからね」
今日はおしるこは買いません。
金が足りないから
どのみち却下
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