契約彼氏と恋をする | ナノ
ぬくもりは裏切らない




 オレが主演の映画『唄う』が男女問わず十代を中心にわりと広い世代に観てもらえた。人気は、その年の流行語大賞にノミネートされるくらい。…ま、大賞はワイルドなピン芸人が取ったんだけど。
 彼女に出会って、あれから多分一年くらい過ぎた。オレは海常の二年生になってバスケ部も新体制でやってる。ウィンターカップで無理しちゃったオレは、全国大会までは安静だとドクターストップをくらったので仕事の方にちょっと力を入れてる。


「あーでもやりたいなぁバスケ」
「そう言わないでよ黄瀬君」


 カメラマンが困った顔をした。これでも私にとっては立派な仕事なのよ、と。でもさ、カメラの前でポーズを決めるだけなんて退屈だ。今日は仕事は缶コーヒーのポスター。ああ、前にもこのコーヒーのポスター担当したな…あれは、あやと一緒にやったっけ。
 そういえば彼女は今何してるだろうか。ドラマや映画出演が来ても全部蹴ってるって噂を聞いたことある。あの映画が反響を呼ぶにつれてオレたちは音信不通が続くようになっていった。もともと彼女はメールやラインが苦手だった。相手の顔が見れないから不安でならないのだとか。だからもう何ヵ月も彼女とは接点がない。


「はいお疲れ黄瀬君」
「おつかれしたー」


 これからデートに行くらしいカメラマンの陽気な声に返事を適当に返す。あの時は、あやが冷たい麦茶を手渡してくれたものだが今は誰もいない。
 テーブルに準備されていたコップに手を伸ばし、一口。こくり。なんだかすっきりしない麦茶だった。


「黄瀬君ちょっといいかしら?」
「えっ、社…社長!?」


 ふう、と肺に溜まった空気を吐き出した時、どこからともなく社長が現れた。ちょっと応接室に来いって、いつもより数倍真面目な顔した社長が呼んでる。オレなんかヤバイことでもしただろうか。



 :



「し、失礼しまーす……」


 おそるおそる、応接室のドアを開けて中に足を踏み入れる。いつになく真面目な顔した社長が一番座り心地の良さそうな椅子に座ってる。キイ、キイ。社長が右へ左へと小刻みに揺らすと、その座り心地とは似つかわしくない錆びた音が部屋中に響く。え、なんか怖いんですけど。


「あの…オレ何か悪いことしました?」
「心当たりでもあるのかい?」
「…あ、いや」


 別にないですよ。だから聞いたんじゃないですか。
 キイ、キイ。椅子が社長によって規則正しく錆びた音をたてている。それが、この居心地の悪い空間の時間を遅らせてるようで耳障りだった。


「あの要件は…」
「まあ待て。慌てるな黄瀬君」


 もう一人来るからちょっと座って待ってなさい、と社長に言われた。オレはソファに体を沈める。見た目以上にふかふかのソファでびっくりした。……あ、お茶菓子。木製の小洒落た皿にちょこんと乗ってる桜の形した和菓子をパクリ。甘さ控えめの餡子が口の中に広がった。


「すみません遅れましたー」


 和菓子をゆっくり味わっていると、もう一人、この応接室に入ってきた。待っていたわよまったく!と社長が勢いよく椅子から立ち上がった。ガラガラ、ガラ。反動で勝手に動く椅子をなんとなく目で追う。


「二人に朗報よ!」


 ガサゴソとシャネルのカバンを漁る社長は、小さな教科書サイズの冊子を取り出す。社長はまずオレに手渡し、次にもう一人の方にあげに行く。貰った冊子に目を通す前に、オレはそっちを目で追った。
 よいしょ。体を捻らせドアの方を見ようとしたが生憎、ソファの背もたれがデカくて見えなかった。誰だろう。何処かで聞いた小鳥のような可愛い声。どれどれ、起き上がりにくいソファから体を浮かす。ソファの向こう側からまず焦げ茶色の髪が見えた。


「……あ」
「うそ……」


 目が合った。何ヵ月ぶりだろうか。大きな黒目がぱっちりと見開かれる。綺麗になった。第一印象はそれだった。オレよりひとつ年上の先輩は今年で三年生。もうすっかり大人の女性って感じだ。


「2人には映画出演の話が来ました!」


 おめでとう!まさか続編が出るとは思わなかったわ。2人ともそんなに見つめ合っちゃってどうしたの?あ、分かったわ驚いてるんでしょ。大丈夫、私も腰が抜けて一週間寝込んでたから。さあ、2人ともこれから2ヶ月間仲良く頑張っててね!
 と、社長がハイテンションだった。なんていうか…


「…よろしく」
「あ、こちらこそ」


 あまりにも突然過ぎてあんまり実感がないんだけど、おりあえずまた彼女と一緒に居られるのは確かなようだ。




∴ぬくもりは裏切らない
君の笑顔が再びこの腕の中に。


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