さようならの時間だね
海外撮影後のオレらは、微妙な空気のまま帰国して、番宣に明け暮れた。雑誌にテレビにポスターに。至るところでただひたすらに番宣した。
──主演はなんと売れっ子モデルの黄瀬涼太!
どこの電車に乗っても、このつまらないキャッチコピーとポスターが目につくようになった。そして彼女のほうも主にテレビ出演等で大忙しだった。人見知りのくせによくできる。ああ、仕事のときはスイッチが入るからわりと平気なのだとか、以前いってたような。
その忙しさが功を奏したのか、映画の評判は上々。関係者曰く、むしろ予想をはるか上を行く好調ぶりだそうだ。あのキセキにも近い最後のキスシーンをCMにも使ったらしく、それがヒットに繋がったのだとか。
「あや…」
マネージャーの車の後部座席からスカイツリーを眺め、久しく会っていない彼女の名をこっそり呟いた。物静かで甘え上手な"偽物"の彼女。お互いに仕事や部活のせいで人目を忍んで会うことができなくなった。
今はもう隣に立つことはできないこの寂しさからか、景色が歪んで電波塔が真っ直ぐに見えない。頬を伝って流れた水が口に入った。しょっぱい。
ああ、あの桜色の唇が恋しい。
∴(さよならの時間だね)
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