契約彼氏と恋をする | ナノ
終わりの日まで愛して



『私、ずっと日本で待ってるから』
『……ああ』


 人々が忙しなく行き来する空港ロビー。ウィーン行きA112便をご利用のお客様はお急ぎください。とアナウンスが日本国、英語…と言葉を変えて繰り返される。
 涼太君の名残惜しそうな瞳が私を見下ろし、そしてあの大きな手で私を抱き寄せた。ギュ、とちょっと息苦しいくらいの圧力がかかるとやがて涼太君は私から離れた。


『じゃあな…』
『うん』


 消えていく温もり。私たちは最後まで繋がっていた手をゆっくりゆっくり離した。少しでも多く彼と居たくて。


『いってらっしゃい』


 どこからか流れてくる風ではためくスカートを握り締め、人混みに吸い込まれる彼を見送った。



「はいカットー」



 スカートよりパンツ姿が似合う大人の魅力を振りまく助監督のハリのある若々しい声がスピーカー越しからロビー中に響き渡る。
 通行人役のエキストラさん達はそのまま休憩所まで誘導され、薄くなった人混みの中から涼太君がキャリーケースをがらがらさせながら帰ってきた。


「お疲れ涼太君」
「あざっす」


 うっすら汗をかいていた涼太君は、息苦しそうなネクタイを外して私の手渡した麦茶を美味しそうに飲んだ。もう長袖一枚では厳しい季節になった。それでも彼の額がしっとりしていたのは、それだけ緊張してたのだろう。


「いやー、あやちゃんって人見知りするって聞いてたから心配したてたんだけど…」


 黄瀬君と上手くやれててよかったよかった。と助監督さんは笑った。いや、まあ…と私は言葉を濁す。だって付き合ってますし、とは口が裂けても言えない。だって主演二人が付き合ってるなんて映画の評価に大きく関わる。もしかしたら功を奏して都合よく映画にプラスになるような報道がされるかもしれないが、そんなことはまずないだろう。
 私生活のありとあらゆる事を暴かれて週刊誌の表紙を飾るかもしれない。もし大スキャンダルとして出回れば私たちの仕事が無くなるどころか生活に支障がでること間違いなし。涼太くんは選手生命にすら影響を及ぼすだろう。


「黄瀬君も、こういうの初めてなのに台本の読み込み早くて助かったよ!」
「い、いやぁ…主演って聞いて気合いが入ったっていうか、何ていうか」
「へえ」


 ははは、と渇いた笑みを浮かべる涼太くんに、いい心がけね。と助監督は笑いかけた。多分30代ぐらいの助監督。そろそろ小皺が目立つだろう年代なのに彼女の肌は若々しかった。笑顔も素敵だしお話も上手だ。私もこんなふうに自分に素直になれたら涼太くんはと距離を縮められるだろうか。


「じゃあ今日はもう終わりだから着替えてたら各自解散で」


 お疲れ様と言う助監督に「お疲れさまでした」と返し、私と涼太くんは並んで控え室としてあてがわれた応接室に足を進めた。特になにを話すわけではない。まっすぐ歩かないと肩がぶつかってしまいそうなこの距離を保つのに精一杯だった。
 そもそも"撮影が終わるまで"彼女でいる必要だって、本来はない。あれは私が人見知りを発動して共演相手迷惑をかけないように、事前に少しでも仲良くなっておくためのものだから、律儀に続けなくてもいいのだ。それでも私たちは一緒にいる。一緒にいたいから、そうしてる。


「そろそろ撮影も終わりっスね」
「……そうだね」


 そしたらこの関係も終わりかなって、口には出さないけど涼太くんも思ってるんじゃないかな。お互いの気持ちを確認しあったことないけど。


「続編とか、でるといいっスね」
「そうだね」


 撮影長引けば、カップルのままで居られるものね。



∴終わりの日まで愛して


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