契約彼氏と恋をする | ナノ
またひとりで空まわり



 さあさあ待ちに待った地区大会決勝戦。正直、青峰っちとか火神っちとかあのぐらい強い相手じゃないとやる気なんて出ない。が、今日のオレは一味違う。だってあや先輩が応援してくれるのだ。期間限定の彼女だけど、やっぱり見てくれる女が居ると居ないとじゃモチベーションが大違い。


「なーにソワソワしてんだよ黄瀬ェ」
「痛っ、ちょっと先輩シバかないでくださいよっ」


 シバくぞ!と怒鳴られた時にはすでに肩パン食らっていた。なんていうか、笠松先輩って理不尽。ユニフォーム上から衝撃をもろ食らったから余計にじんじんと痛い。


「そう言うなって笠松。黄瀬も彼女の事になると落ち着けないんだよ」
「彼女?ああ、あやのことか」


 森山先輩がフォローしてくれて、やっと笠松先輩のオレを叩く手が止まった。そういえばあやって笠松先輩の幼なじみだっけか。


「だ(れ)っすかソ(レ)?」
「早川は知らないんだっけ。この前オレと笠松がマジバ行った時に会ったんだ」


 黄瀬の彼女で笠松の幼なじみ。しかもモデルなんだぜ可愛かったなあ…と森山先輩は鼻の下を伸ばしながら言った。だめっスよ先輩オレの彼女なんスから。しっかり牽制しておかないとふと目を反らした隙にもうあやが襲われていそうだ。


「しっかしあの笠松が平気に話せる女が居たとはなぁ…」
「あ、森山先輩もやっぱ思ったっスか?」


 オレもなんスよね。女子免疫皆無のあの笠松先輩が普通に女の子と喋ってるの初めて見たけどホントびっくりした。しかも親しげに名前呼びだったから、つい嫉妬しちゃうくらい。


「言っとくがあやとはなんとも無いからな。ただ家が隣だってだけ」


 人の彼女には手を出さねえよ、とまたオレの背中を叩く。ホント笠松先輩はよくオレをシバくが、別に痛いの好きな人とかじゃないんで。


「つまりあれか、お母さんなら普通に会話できるあれと同じ感覚か」


 贅沢だな笠松。と森山先輩が遠い目をした。今日もナンパに失敗したのは聞くまでもない。イケメンなのにどこか残念な先輩に同情心をいだきながら、さっきからひっきりなしに送られてくるファンからの応援メッセージを流し読みさて携帯を閉じた。


「なにを騒いでいるんだお前ら、そろそろ行くぞ」


 ちょうど、いつものように襟のよれたポロシャツを着て無精髭を生やした監督が控え室に入ってきた。
 オレたちはハイと返事をして部屋を出た。さあいよいよだ。


「あ、黄瀬」
「なんスか笠松先輩」
「試合に勝ったらアイツのこと控え室に呼んでやれよ」
「いいんスか?」
「いい機会だから紹介してやれよ」


 バスケな関しては人一倍真面目な笠松先輩がそんなこと言うなんて驚きだ。先輩でも身内には甘いと言うことか。


「負けたら別れろよこの惚気」
「それはちょっと無理な相談っスね」


 だってオレたちは映画の収録が無事に終わるまで別れられないんスから。まあ別れる気も無いんだ。


「心配しなくても勝つから大丈夫っスよ」


 笠松先輩を、ちゃんと全国まで連れていきますから。



 :



「とりあえず全国大会出場は決定だ!だが油断はするなよ本番はこれからだと思え──……」


 控え室に来てすぐに監督の話が長々と始まるが右から左に流し、オレは監督の位置からは視界に入りにくい隅のベンチに腰掛けて携帯を開いた。大量のお疲れメールが来ていたがそんなのには目もくれずにメール作成画面を出す。もちろん宛先はあやだ。


《控え室に寄ってきますか?》


 まだ帰ってなければいいな…そう思いながらすぐに打って送った。返信は、着替えをしながら待つことにしよう。


「黄瀬、彼女来そうか?」
「まだ分かんないっス小堀先輩」
「なんせあやは人見知り」


 恥ずかしくて出てこれねぇかもよ、と笠松先輩が携帯で時間を確認した。


「あと15分だな」
「え?」
「彼女待つって言っても、いつまでもここに居られないからな」
「……そうっスね」


 早くこないかなあや…
 あ、メール。彼女かもしれない。受信中のライトが点滅したので、急いでメール画面を出して送り主を見る。やはり彼女だった。
 どれどれ、と森山先輩や早川先輩が画面を覗く。


《ごめん、今日は帰るね》


「………」
「…あー」
「落ち込むなよ黄瀬」


 きっと恥ずかしいんだよ、人見知りなんだろ?と森山先輩に肩に手を置かれた。
 まあそうっスよね…社長に言われて付き合う仲になった表面だけの関係。そんな"本物"の彼女みたいなことするわけないか。



∴またひとりで空まわり
(交わらない二人)
(別れの時は刻々と)


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