ずっとそばにいたのに
《今度の土曜日、決勝戦があるんで見に来ませんか。》
黄瀬君…じゃなくて涼太くんからメールが来た。飾りっ気の少ないメールに始めは少し戸惑ったけど、「行きます」と笑った絵文字と一緒に送った。コレでよかったかな…メールだと相手の顔が見れないから余計に心配になる。
ああ、でも楽しみだな…
:
土曜日が来た。涼太くんは部活が忙しいみたいで、ここ1週間は一緒に帰るどころかメールも電話もろくにしてない。元気かな、怪我したりしてないかな…朝からそんなことばかり考えてた。
「いやいやそんなことより、」
いま一番心配なのはどんな格好して行けばいいのか、だ。バスケなんて授業でちょこっとやった程度の知識しか持ってない。
音楽系のコンサートならやっぱりそれなりの洋服を着ていくし野球やサッカーならお揃いのシャツで観戦するのをテレビとかでよく見るがバスケはどうなんだろう。皆目見当もつかない。
とりあえず制服着とけば間違いではないだろう、そう信じて紺色のセーラーの袖に腕を通していつもよりちょっとだけスカート丈を短くした。
これで大丈夫、目立たない、変じゃない。
そう何度も自分に言い聞かせながら電車に乗って数駅。ほどなくして神奈川市民体育館に着いた。落ち着いた色の体育館には、さすが決勝戦ってだけあって人の往来が激しかった。
「わ、あー…」
体育館に入って、中の歓声や雰囲気に圧倒される。こんなに激しいんだ、バスケって。
「えっと、涼太くんは……」
試合は3時からと聞いていたからもう始まってる。2階観客席からコート見下ろすと、そこは私の知らない世界が広がっていた。
高速で飛び回るボール、バッシュの擦れる音…あそこだけが別空間にあるようだった。
「きゃー黄瀬くーん」
「ナイッシュー!」
「かっこいいー!!」
同じ制服を着た女子高生十数人がタオルとかメガホンとか持って応援してる、というか愛を叫んでる。相変わらずモテモテだな涼太くん。
私はその女子高生達から少し離れて、壁に寄り掛かりながら試合を見ることにした。
凄いなぁ…
ルールをよく知らない私でも、涼太くんとついでに幸男のいるチームは凄いと思った。キャプテンをやってる幸男は試合の主導権をがんがん握っていくし、涼太くんも目にも止まらぬハイスピードテクで次々シュートを決めていく。打ったシュートが外れるなんてことはほぼゼロ。
そのシュートが決まるたびに飛んでいく黄色い声に、少しだけ胸が痛んだ。
「試合終了ー!」
ビーと一際長くて大きいブザー音が鳴り響き、試合終了のお知らせがアナウンスされるとよりいっそう歓声が上がった。結果はもちろん海常の圧勝。
コートの中ではこれでもかというほど選手達が大喜びしていたのだが、幸男に喝を入れられると手早く荷物をまとめて奥へ引っ込んでしまった。
「……どうしようかな」
選手が居なくなったコートでは片付けや清掃が始まった。涼太くんファンクラブの人達も帰ってしまったし、ベンチ入りできなかった方々もぞろぞろと体育館から出ていく。
私も帰ろうかな。そう思って、電車の時間を確認するために携帯を開いた。
あら、メール…
ついさっき試合を終えたばかりの涼太くんからのメールが受信中だった。私はすぐにメールボックスを確認して内容を読んだ。
《控え室に寄ってきますか?》
彼からのお誘いに胸が高鳴った。
そのメールは、涼太くんがどう思って打ったのだろうか。彼女として特別扱いしてもらってるみたいですごく嬉しかった。「オレの彼女です」と紹介してもらう自分の姿があさはかにも脳裏に浮かぶ。
しかし、それと同時に思い出したのは社長の「スキャンダルにはしないでね」だった。
ああそうだった、分かってる。私は仕事とプライベートでは髪型も服装もメイクも変えてるからモデルの橘川あやだってコトはそう簡単には気付かれない。でも涼太くんは違う。彼の輝きは隠せるものではなく、いく先々で大衆の目を集める。いくら私の正体がばれないといっても、"彼女"が隣にいるってだけで涼太くんにとっては大スキャンダルになりかねないのだ。
《ごめん、今日は帰るね》
それだけを送信して私は体育館を出た。ああ、私が普通の女の子で、涼太くんが普通の男の子だったらよかったのにな。
∴ずっとそばにいたのに
(知らない間に両思い)
前へ 戻る 次へ (6/12)