契約彼氏と恋をする | ナノ
きみの優しさが苦しい




 今日は缶コーヒーのイメージポスターの仕事が入った。なんと橘川先輩も一緒なのだが、ついこの前に微妙な別れ方をしちゃったからちょっと気まずい。
 なんであんな変なことしたんだろう。笠松先輩と知り合いだったんだから相席しても良かったんじゃないか。なのに、楽しそうに喋る2人を見てたら急にイライラしてきて…ホントにどうしたんだろうかオレ。


「ちょっと黄瀬君笑顔かたいねー」
「あ、すみません…」


 右手に持っていたコーヒーを持ち直して、カメラに笑顔を向ける。集中、集中……


「はいオッケー!じゃあ写真の確認してくるから黄瀬君はちょっと休憩しててねー」
「お疲れっしたー」


 撮影用でもらったコーヒーを飲み干す。ダメだ、こんなんじゃカラカラに渇いた喉は満足しない。


「はい黄瀬君、お疲れ様」


 オレより先に撮影を終えていた先輩が麦茶を持ってきてくれた。氷も入っていて美味しそう。ありがとうと言って受け取ると少しだけ先輩の手が触れてピクリと反応されたが、きっと気のせいだろう。


「とりあえずイスに座ったら?疲れたでしょう」


 そういって橘川先輩は用意してあったパイプイスにオレを導く。先輩の、今日の撮影のためにあしらえたのであろうストレートの黒髪が体の動きに合わせて右へ左へとサラサラ揺れるた。この前は確か茶色のウィッグだったが、この人はどんな髪型でもあうんだな。スーツ来ても全然違和感ないし。
 やべ、この触り心地、本物みたい。


「黄瀬君、ちょっと……」
「え?……あ、ごめん!」


 イスに座ることを忘れて、先輩の黒髪をサラサラと撫でていた。困ったように口籠もる先輩の顔を見て気づいた。なんでこんなことした。


「黄瀬君ちょっと疲れてるんだよ」


 だから座りなよと、先輩はもう一つのパイプイスに体を沈め平然と缶コーヒーを口にする。オレも、椅子にすわり早鐘を打つ心臓を落ち着かせようとよく冷えた麦茶を口に含んだ。喉の渇きは和らいだけど、すっきりはしなかった。


「橘川せんぱ」
「あやだよ」
「え?」
「この前みたいに、あやって呼んだら…いいと、思う……な」


 その方が恋人っぽいし、と両手に持ったコーヒーをすする。
 知っている。先輩は人見知りなのだ。ただ、言葉がストレートに言えないだけであり、恋人っぽいからとそれっぽい理由を付けているが彼女もオレと親睦を深めたいと思っているのだろう。……と思う。思いたい。


「め、迷惑なら別に今まで通りでも……どうせ映画のためだし」


 その言葉は本心か、それとも控え目に気遣っていっているのか。幼なじみだという笠松先輩なら見抜けただろうが、生憎オレはまだ付き合って日も浅いから分からなかった。
 でも、後者だったらいいな。


「全然、迷惑なんかじゃないっスよ」
「そ、そう…」
「はい。だからどうかオレのコトも涼太って気軽に呼んで欲しいっス」


 営業スマイルとはまた違う笑顔で彼女に言った。あやは缶コーヒーで顔を隠しながら、口元を綻(ほころ)ばせた。


「ありがとう…」
「いえいえ」


 オレは麦茶に飲み干した。相変わらず喉元の何か突っ掛かってる感じは消えなかったけど。



∴きみの優しさが苦しい

気付いてしまった自分の心。
この胸の痛みはきっと……


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