この恋は止められない
海常高校から徒歩20分、駅前にあるマジバ。普段はあまり気にしながったが海常はけっこう立地がいい。だってあれ以上会話が続かなかったもんだから早く着いて良かったよかった。
「いらっしゃいませーご注文はお決まりですか?」
店に入って早速、元気な店員さんがレジカウンターで待っていた。オレの顔に見覚えがあるのか、頬を紅潮させて声もなんだか上ずってるようだ。
「んー、じゃあチキンタツタとメロンソーダ。先輩は?」
「……私はダブルポークバーガーとポテトとウーロン茶を」
「よく食うっすね」
「だって黄瀬君の奢りだもの」
オレより頼んでんじゃないっスか。奢ってくれるんでしょう。…彼女にはオレのお財布事情を気遣って遠慮するという気が無かった。いや遠慮という二文字が彼女の辞書には無いのかもしれない。
「ほら、貰ったら席行こうよ。座るトコ無くなる…」
「はいはい」
先輩はオレの袖を引いて店内を指差した。ああホント、人がいっぱいっスね。そりゃ人見知り気味の先輩は落ちつかないっしょ
「おーい黄瀬」
「?」
座れる席を先輩と手分けして探していると、後ろから声をかけられた。それもよく知っている声。
「笠松先輩と森山先輩!」
「何やってんだオメェ…」
「あ、いやー」
そういえば笠松先輩もマジバ行くって言ってたっけ。とっさに彼女を誘ったとはいえどうしてあの時マジバに先輩達も来ることに気付かなかったのだろうか。よっ!と気さくに手を上げる森山先輩。一番やっかいな人に会っちゃった。
しかし、時すでに遅し。
「黄瀬くん、座るトコ見つかったの?」
「あ!橘川先輩、いやまだ…」
「?」
……遅かった。別に隠さなきゃいけない理由があったわけではないのだが、なんとなく、"彼女"がいることはまだ秘密にしておこうと思ってた。だってまだ彼女ことよく知らなかったし、ややこしくなるのが面倒だったし。
だがすでに笠松先輩も森山先輩も、オレの背後に立つ橘川先輩に目がいってる。
「……黄瀬、後ろの子、誰だ」
「あーえっとー彼女はですね森山先輩」
どうしたらいいか。どう言ったらいいだろうか。
「あ、やっぱりあやじゃねぇか」
「その声…幸男!?」
オレの背中からひょっこり顔を出した橘川先輩が、笠松先輩を見て目を丸くしてる。
え、あれ知り合いなの?
「わー幸男だ久しぶりー」
「おまっなんで黄瀬と?」
「いや、ちょっといろいろね…」
「………」
「………」
すごく親しげに喋る先輩2人。オレと森山先輩は無言で目を合わせた。どうした笠松さん、あなた女子が苦手ではなかっただろう。
「えっと笠松」
「なんだ森山」
「そちらの美人さんは…」
「あーあやか?……幼なじみ?」
「なんでそこ疑問系なのよ幸男」
オイコラ、と橘川さんは笠松先輩の頭を小突く。なんだあの仲の良さは。
そしてあんな笑顔、オレに見せたことなんてないっスよね橘川さん…
「ねえ黄瀬君、幸男達のトコお邪魔しない?」
だって2席空いてるし…。橘川さんは笠松先輩の隣に座ろうとした。
「………」
「どうしたの黄瀬君食べないの?」
「黄瀬?」
森山さんと橘川先輩に呼ばれる。でも足が動かなかった。トレイを持つ手に自然と力が入って机に置くことを拒んだ。
「……帰るっスよあや」
「え?」
まだ食べてないよ黄瀬君と言う彼女の腕を引いて立ち上がらせ、持ち帰り用の紙袋にそれぞれ頼んだものを詰め込む。
それから彼女とオレは別々の電車に乗って帰った。ああ、どうしちゃったんだろオレ…まったくらしくない。
∴この恋は止められない
(まさか笠松に女がいたとはな)
(ただの幼なじみだよ)
(でも平気なんだろ?)
(女として見てねぇから?)
(お前ボイン派だもんな)
(ばっ、森山ぁ!)
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