過剰反応の理由は教えない
ただいま…と、いつもよりちょっとだけ声のトーンを低くして玄関をくぐった。
オレより先に帰っているはずの、1つ下の妹はこの微妙な変化に気付いてくれると思ったのだが、いつも通り素っ気なく「おかえり」と返ってきた。なんだ気付いてくれなかった。
「今日の夕飯はカレーでいいよね俊くん」
「ああいいけど」
リビングに入ると直ぐ、じゃがいもと包丁を持った妹がキッチンにいるのが目に入った。作業しながらオレを見る名前の包丁さばきは全然危なげがなくて、もしかしたら母さんより上手いかもしれない。
「なんか手伝う?」
「いいよ。俊くん部活で疲れてるでしょ。休んでて」
「……じゃあそうするよ」
オレにしては珍しい手伝いの申し出でさえスッパリ断る妹は、オレからすぐに視線を外してじゃがいもを食べやすい大きさに切っていった。この分だと何度手伝うと言ってもこっちに気を遣うばかりで首を縦に振ってはくれなさそうだ。
仕方ない、テレビでも見ていよう。そう思って、リビングテーブルの椅子に座ってリモコンを操作した。
「あ、そういえば日向先輩が…」
「日向がどうした?」
「あー……やっぱりなんでもないや」
気にしないでって名前は笑って誤魔化した。
気にするなと言われればなおさら気になるのだが…そういえば今日の部活で日向と名前がこそこそ話していたのを見た。何してるんだと二人に近づけば、そそくさと逃げられてしまった。…あれはいったいなんだったんだろう。
カチカチ。テレビのチャンネルを一通りまわしたが見たい番組がなかった。一周、二周してもダメだったのでテレビを消した。
「ねえ、手伝うって」
リモコンを机に置いてキッチンに入った。ここまで来れば名前も観念したのか、小さくため息をつきながも人参とピーラーをよこした。皮を剥けということなのだろう。
「……やっぱり気になるんだけど」
「なにが?」
「さっき言ってた、日向がどうって」
「あー、別にたいしたことじゃないんだけどなあ」
「じゃあ隠す必要もないだろ」
そんなに気になるのかな、と名前が玉ねぎを切りながら子首を傾げた。それに合わせて揺れる黒髪が綺麗。癖のないまっすぐなストレートは母さん譲りだな、と思った。
「もしかして俊くんはぶられてすねてる?」
「……別に」
「絶対すねてる!」
どうしたのー?とオレの顔を覗き込んで笑った。
あ、面白がってんなこいつ。
「あのね、日向先輩が言ってたんだけど、俊くんの髪ってさらさらで朝楽そうだよねって!」
「ほんとう?」
「本当だって。もうぶすくれてないでよ」
「すねてないし」
「機嫌直してよ!もうどうしたの俊くん」
なんか今日変だよって名前が困った顔をする。どうせならもっと困らせてやろうとか、思ってみたり。
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