思い込みから始まった物語
※黄瀬視線
(海常戦後のある日)
「いったー……」
やっぱ今日は無理しなきゃよかったかも……しかし後悔してももう遅い。ズキズキ痛む脚は赤く腫れて見てるのもヤになる。肩から下げているスポーツバックの重みで、一歩一歩歩くたびに痛みが増して辛かった。
ああそうだ湿布を買っていこう。
オレはずれ落ちたカバンを肩に掛け直して、近くのドラッグストアに寄った。
「いらっしゃいませー」
自動ドアが開き中から店員の元気な声が飛んできた。その元気さが怪我に響くのでオレを一層イライラさせた。いつもなら全然気にならないのに。
「湿布は、」
「……げ、黄瀬君じゃん」
「名字じゃないっスか」
湿布のコーナーを探していると、角から出てきた名字とばったり合った。
うわヤなやつにあった…。それは光栄っスね。と喧嘩腰で挨拶を交わす。オレとしてはもういがみ合う理由(というか蔑む理由)は無いので普通にしてたいのだか向こうさんはそうはいかないようだった。
そもそも、才能がなくてバスケ部辞めた奴が青峰っちや黒子っちと仲良くしてるのが気に食わなかったから名字に対して敵対心を一方的に燃やしてただけだ。だがこの前の練習試合で、名字が実はできる奴だったって分かった今はそんなん根に持ってない。むしろ普通の関係になりたいとさえ思い始めてる。…まあ、できた溝はそう簡単には埋まらないか。
「んだよ、超ハイスペック黄瀬様がドラッグストアになんか用あんの?」
「べつに……あ、ミネラルウォーター、買いに来ただけっスよ!」
嫌みったらしく話す名字の売り言葉につい乗せられて、たまたま目に入った水を指差した。口ではこういうけど、ぶっちゃけここの水は美味しくない
「ふーん…」
オレがペットボトルを持ってレジ並ぶとなぜか名字が後ろからついて来た。なんていうか威圧感。
「それだけでいいのか?」
「え?」
会計の順番が回ってきた。すると、レジのお姉さんにちょっと待っててくださいと言って名字は一旦棚の方へ消える。
小走りでレジに戻ってきた彼の手には湿布が握られていた。
それと水を合計して980円。20円のお釣りを貰って店を出た。
「なんスか、これ」
「いらなかったか?」
「……いや」
要らないわけがない湿布。右手に下がってるビニール袋に入ってるそれは確かにオレが一番欲しかったやつだ。しかし、なぜそれを名字が知ってるのか甚だ疑問である。
「そりゃー気づかないわけないだろ?オレの目はナメんなよ、観察眼なら征ちゃんだって負けねぇ」
「せいちゃん?」
「あ、いや……忘れてくれ」
なんでもねぇと目を逸らされた。オレの聞き間違いでなければ"せいちゃん"とはあの赤司っちのことだろう。
「それより黄瀬、病院行かなくて大丈夫か?」
「え」
「え、じゃねえよ。バスケする体のことだろ大事に扱えよ」
悪化したらどうすんだバカ。とオレの右足を差してため息をつかれた。名字は口こそ悪いけど…
「もしかして心配してくれてるんスか?」
「なっ、なわけねぇだろ!」
名字は図星をつかれたのか、とたんに狼狽え始めた。そうか、そうなのかと思えば思うほど、顔を真っ赤にする彼にちょっかいをしたくなる。
ニヤリ、いいことを思いついたオレは思わず笑った。
「そーなんスよ名字クン!」
「うわっ、ちょっ!?」
オレは額に手を当てながら名字の方に倒れこんだ。我ながらクサイ演技だとは思う。これでちょっとでも彼との距離が縮まれば万々歳。
「これから病院行こうと思うんスけど、もう動けそうにないっス!」
「……だから?」
後ろから名字の首に両手を回して、仕事で手に入れたとびっきりの笑顔でおねだりする。多分名字には表情は見えないだろうけど声色でなんとなく分かるだろう。
「病院までおぶってって?」
「断る!」
「えー」
ものの見事に即答された。そしてどうにかこうにか束縛から離れようとするが生憎オレの方が力が強かった。
「こんなに頼んでるのにどうしてっスか」
「だって黄瀬はデカいし重いしモデルだし」
恥ずかしいし面倒だからイヤだイヤだと我が儘な子供のように腕の中で暴れる名字。こうやって店の前で騒いでることこそ恥ずかしいと、分かって言ってるのだろうか。
「そんなこと言ったってオレもう無理っス!病院行けなくて悪化したらアンタのせいっスよ」
「ぅぐ…」
この言葉は響いたのか、名字は返す言葉なしに押し黙った。どうだぐうの音も出ないだろう。
「はい、しゅっぱーつ」
「あああぁもぉぉおおおおおお!」
かくして、黄瀬涼太を背負った名字は長い旅路にでた…なーんて。
思い込みから
始まった物語‐五分後‐
(すみませんタクシー)
(ええ!?もうちょい頑張って!)
(むりむりむりむり…)
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