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砕けた硝子と心の均衡



「おい名前、バスケしに行くぞ」
「あ?……なんだ大輝かよ」


イスを蹴られ、その衝撃でオレは机から跳ね起きた。SHRの時間、担任の長ったらしい話を聞いているうちに寝てしまっていたようだ。あのセンセーどうでもいい自慢話ばっかりで重要な連絡事項はちっとも話さねぇ。どうせ今日もつまらないおやじギャグを聞かされるならと腕の中に顔を埋めたら、そのまま夢の国に旅立ったというわけか。


「なあストリート寄ってこうぜ」
「バスケはしない」


催促する大輝の語尾に自分の声を重ねて素早く断る。また話し掛けられないように机の上に腕を組んで伏せた。


「なんだよ怪我なら治っただろ」
「治ってない」
「うそだろ」
「うそじゃない」


顔を上げろ!イヤだ!そんな攻防が暫く続いた。なんでだよ。なんでオレに付き纏うんだよ。超新星の黄瀬だって勤勉なテツヤだってなんだかんだ言いながらも練習に付き合ってくれる真太郎だって居るだろ。お前にはたくさん仲間がいるじゃねえか。


「別にオレじゃなくても」
「お前じゃないとダメなんだよ!」
「へっ!?」


顔をけっして上げまいと机にしがみ付くこの腕を掴んで、大輝はオレを無理やり立たせた。その拍子にガタンッとイスが勢いよく倒れたが生憎それを立て直す余裕がオレにはない。というか、いつの間にか大輝の腕の中にハマって身動きが取れなくなっていた。ぐっ、とだんだん力が込められていって息が苦しい。


「なあ名前、お前もオレが居ないとダメだろ?」
「…ちょ、大輝痛い」
「オレはお前が居ないとダメなんだよ」


オレより先に来た変声期で低くなったその声で耳元で囁かれる。チガウ、と直ぐに言えなかった。オレを求めてるその手を振り払う事ができない。


「名前がそばにいてくれるなら他には何もいらねぇ。バスケなんてできてもできなくてもいい。オレだけを見ていて欲しいんだ」


密着する体から伝わる体温。その温もりから伝わってくる大輝の、オレを必要としてくれる気持ちがひしひしと流れてくる。
なんで、どうして、分からない。
征十郎に捨てられたオレをなぜ欲するのか理解できなかった。


「なん、でっ……っつ」


ミシッ、と机が重みで軋む。大輝の望み通りの答えを返せなかったので、オレは机に背中を叩きつけられたのだ。上半身しか机に乗ってなくて、角が常に腰に当たって身動きを取るたびに痛かった。体勢もつらい。


「なぁそうだろ名前。お前の目はオレだけを映せばいい。全身でオレを感じろ。オレの声だけを聞き、オレのために息をしろ。」


全部ぜんぶオレのもんだと大輝は言った。違う、違うよ、とは言えなかった。征十郎に捨てられた今、オレを必要としてくれる人が欲しかった。誰でもいい。誰でもよかった。


「オレでもいいの?」


オレは大輝を受け入れた。彼の首に腕を回し、このつらい態勢から引き上げてもらう。

触れた唇はとても塩っぱかった。


「泣くなよ大輝……」
「はっ、お前もだろ」


お互いの存在を確かめ合うように、今度はもっと深くキスをした。




砕けた硝子と心の均衡


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