束縛の腕は優しく
バスケ部三年名字名前、ポジションは一応SF。オレには後輩がいる。いや、三年なんだから後輩ぐらいいて当たり前だが、その中でも特別手のかかる後輩がいる。しかも体格、才能とも群を抜く程なのだが問題点も多い後輩が。
「あー、ちょっと紫原!」
「んー?」
「"んー"じゃねぇだろ?何だよこの部室!」
疲れたからちょっと休憩なんて言って部室に入って30分。帰って来ない紫原に怒りを覚えて竹刀を振り回す監督に、命じられて呼びに来てみたら部屋が大悲惨。
「先輩も食べるー?」
「食わねぇよバカ」
「あらら残念」
「当たり前だろ、部活中だぞ」
だから、その古びたベンチから起き上がって散乱した菓子袋を拾え。
たった30分でよくこんなに食えるよな。チョコとかスナックとかの包み紙を拾っていくが一度では取りきれない。
「そんなことより先輩、ポテチどう?」
「いらねーよ」
「じゃあ納豆ヨーグルト味まいう棒」
「こ と わ る」
「パッキーは…」
「自分で食え」
共犯にしてしまえとでも思ってンだか知らねえが、オレはそう簡単にひっかからない。
「むー…」
なかなか釣れないオレに嫌気がさしたのか、紫原はパッキーを一気に口へ流し込んだ。もぐもぐ、もぐもぐ。それもあっという間に食べてしまう。
「じゃあ先輩はなにが欲しいの?」
「え?」
「いつもそうやって、物寂しそうに唇噛んでるじゃん」
「なっ……」
こうやってさ。と紫原はオレを真似て、チョコが付いた下唇を噛んだ。
「ね、先輩。寂しいんでしょ?」
ベンチに寝転がって、普段は見られない上目遣いで、サラサラとした髪が散乱してる。その姿は反則だ、と思った。
「……ばか敦」
オレは拾った菓子袋を全部落として、右手の甲で口元を覆った。
昨日、サヨナラのかわりに貰ったアレが忘れられなくて…でも、まだ部活中だから我慢してたのに。
ああ、そうさ。
この口はずっと「欲しい」って言ってたさ。
「……おいでよ先輩。我慢してたご褒美あげるー」
「──っ」
左腕を引かれて、敦の顔が近くなる。髪と同じ色した瞳の奧にはオレしか写ってなくて。自分の、精一杯の顔が見えて恥ずかしくなった。敦はこんなに落ち着いてるのに、オレは先輩なのに、
「……んっ」
敦にされるがままに身を任せれば、唇が重なるまであっという間だった。直前まで食べていたチョコが口の中に広がる。
「どう?先輩満足した?」
最後にペロリとオレの唇を舐めて、紫原はこの古ぼけたベンチから体を起こした。ミシリ、音がなって塗装が剥がれ落ちる。ああまた散らかった。
「……離せよ」
扉の向こうから聞こえるスキール音や散らかった部室。周りの状況が見えてくるにつれて、顔が日を吹いたように赤くなる。
「答えがまだでしょー」
ね、先輩。と紫原は満足そうに笑った。
束縛の腕は優しく
(先輩もチョコ食べたよね)
(しまった!)
(一緒に怒られてくれるよね?)
(あー!!)
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