憧れは悪いことじゃない (2/3)
降旗をからかっている間、コートでは随分戦局が変わっていたようだ。1分も経たないうちに桐皇が追いつき同点。そろそろ大輝の調子が上がってくることだろうとは思ってたがまさかあんなに早くエンジンがかかるとは。
「同点か」
「けどこっからだ。勢いに乗った桐皇はちょっとやそっとじゃ止めらんねーぞ」
鉄平さんと主将が真剣な顔して喋る。主将はきっと、自分たちの試合のことも思い出してるんだろう。
『力の差が』
海常と桐皇には、オレたちが桐皇とやった時ほどの歴然とした差があるわけじゃねえ。チーム全体の力だって、エースの実力だってそうだ。
しかし、それでも勝てないのには理由がある。才能や潜在能力うんぬんではなく。
『なあ、テツヤ』
オレは福田の隣でテツヤの後ろの席に移動した。
「君もやはり考えましたか…」
『ああ』
なにが、とはあえて言わなかったがお互いに考えてることは一致してるだろう。黄瀬のやろうとしていること。それはヤツにとって最もつらい選択だ。
「黒子、藤井?どうした?」
『いや別に』
神妙な面持ちのオレたちを不思議に思った火神が聞いてきたが、それに反応してる暇はない。言わなくともそのうちはっきりするだろうから。黄瀬がこのあとどうするのか…
「タイムアウト終了です」
ボールは海常から始まった。もっとガンガン攻めるのかと思っていたが、意外と静かだった。ボールが黄瀬に行くが無理して攻めようとはせずにそのまま流した。
攻める気が無さすぎると観客では騒ついた。
『…違う、そんなんじゃない』
黄瀬は負ける気なんてさらさらないし逃げ腰でもない。
現にいま、攻守が交代してボールは大輝の手に渡った。そして黄瀬は隙のないディフェンスでずっと大輝をマークしている。あれのどこが"やる気がない"ように見えるだろうか。むしろ勝つ気満々。ただ、準備が整ってないだけで
「速えぇ!!やっぱ青峰だ」
調子の上がってきた大輝はディフェンスをかわしてゴールへ走る。
『あっ』
「チャージング黒5番」
「なぁあファウル!?ノーカウントだ!」
笠松さんがあの大輝相手にファウルを取りにいった。一歩間違えればバスカンだって十分あり得るのに…恐ろしい行動力とテクニックだ。オレはそんな怖い賭けしたくない。
それでも笠松さんが体を張るのは黄瀬が頑張ってるからだろう。オレの予想が当たっていればこれから暫く黄瀬は静かになる。マッチアップは大輝のまま、ディフェンスに徹して無理な攻めは行わず。
その試合状況を見ながら、オレは身を乗り出して火神の耳元に近づいた。
『なあ火神』
「あ?」
『お前さ、誰かを憧れたことってあるか?』
「そりゃあ…あるけどよ」
それがなんだよ、と突然フられた質問に怪訝な顔をする火神。別にたいした理由は無いが、なんとなく黄瀬が今どんな気持ちでいるのか考えてみようかと。そのついでに火神にちょっと尋ねてみただけだ。
『そうだな…黄瀬は今、すごく葛藤してんだと思う』
かっこよくて完璧で一番慕ってる「憧れ」が今、目の前にいる。しかもそれは勝たなきゃいけない相手。でも負ける姿は見たくないもんだ。
勝負には勝ちたいけど、「憧れ」には負けてほしくない。まして自分がその憧れを越えるなんて…考えただけで辛いだろ。
『でも、いつまでも憧れてちゃ絶対に勝てない』
おそらく、おとなしくなった黄瀬がやることは一つだろう。
今まで、畏れ多いと思ってあえてやらなかったこと。
「まさか……」
火神も何かに気付いたようで、オレを見た後、視線をテツヤにやった。
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