この一歩は大きい (1/3)
「ずいぶん熱心ね」
火神と向き合って、さあ行くぞと言うときに声が飛んできた。
『カントク…』
火神の影から出てきたのはカントクだった。こんな目の前まで来ていたのに、気付かなかったなんて。
「あ、いや、ただ片したゴールがあったんでつい……ってだけす。ってゆーか結局この合宿、オレだけずっと砂浜走ってたんすけど…」
「あれ?そだっけ?」
自分だけ違う練習メニューに不安をもつ火神はおずおずとカントク訪ねた。でも笑顔で流されてしまった。ああ確信犯…
「しかも帰ったらいつも試合終わってるし!ったく、なんのためにこんな」
「もう何よ、自分のことまだ気付いてないの?」
「え?」
「じゃ、教えてあげるわ。ちょっと跳んでみて」
「?」
砂浜ランニングとジャンプには何か関係があるのか?多分火神はそう思ってる。
オレが思うに、あれは体力をつけることはもちろん足腰を鍛える意味でも有効だ。カントクのねらいは火神のジャンプ力にも耐えられる足腰作りに他ならない。
『まあいいから跳んでみなよ火神君』
「ああ、」
オレは邪魔にならないようにカントクの隣に移動した。
火神は戸惑いながらも簡易ゴール目がけて軽い助走とともに、跳んだ。
『おお、すげぇ』
バンッ、と手の平で痛そうな音をたててボードにタッチした火神。
本当に、恨めしいくらいよく跳ぶ。
「疲れてるし、今はそんなもんね。じゃ今度は逆で跳んでみて」
「え?」
『(ああ、逆)』
今、跳ぶために踏み切ったのは左足だった。利き手が右である火神が試合中でもよく使うのが左足。
そして火神がここぞという時に使うのは……
「ってぇ〜あっ!」
「わーばか!強く叩き過ぎよ」
先程よりもいっそう派手な音を響かせて、ゴールを叩く。するとどうした事か、簡易ゴールはぐらりと揺れて倒れてしまった。ついでに火神も仰向けに倒れる。
「わかった?あなたの最大の武器は跳躍力。けどまだ全てを引き出せてはいないわ。今はとにかく体作り、そこからどうするかは自分で考えてね。あとゴールはちゃんと起こしときなさいよ」
いつまでも寝そべる火神に指示を出したカントクか踵を返した。
『もう帰っちゃうんですかカントク』
「ええ。でもヒント出しすぎちゃったかなー?まーいいわよねバカガミだし」
カントクは背を向けたままひらりと手を振って宿まで帰っていった。
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