伊月俊
パチン、パタン、現在の時間23時50分。時計が11時半を回った頃からずっと携帯が手から離れない。数十秒おきに二つ折りのそれを開いては時間を確認する。あと10分…パチン、パタン、あと7分……パチン、パタン。そろそろ携帯の開閉機能がバカになりそうだ。ああ、でもそうすると携帯を変えるいい口実になるかもしれない。
「まだかなぁ…」
今晩電話するからね!と、とびっきりの笑顔で言ってたのにもうあと2分したら日付が変わる。もうオレから電話してしまおうか。布団の上でうだうだしていても埒が開かないし、どうせなら…
「!」
そうだこっちから連絡しよう。と、充電中だった携帯に手をかけたまさにその時、バイブが震えた。開閉機能が鈍くなったそれを開いて、画面に表れた"メール受信中"の文字を見る。受信が完了して急いでメールボックスを確認した。
彼女からだ。
"今日までお疲れ様、ありがとう"
女子特有のキラキラした絵文字も改行もない、素っ気ないメールが届いた。え、何事?なんだかよからぬ事ばかりが頭に浮かんでは消える。
日付が変わるまであと1分。それが待てなくて、履歴から彼女の名前を探して電話をかけた。
『……もしもし?』
ワンコールで彼女の声が聞こえた。いつもよりトーンが低めかな?そんなふうに感じた。
「あ、えっと…オレだけど」
『ああ俊ね。どうしたの?私から電話するって言ったのに』
「そうだけどさ…」
あんな意味深なメールが送られて平気な彼氏は居ないと思うんだ。どうかしたの?何かあったの?
オレは早口で言った。
『ああ、あのメールは……ちょっと待って』
「?」
メールは、と言い掛けて彼女は黙ってしまった。携帯の向こうでは「ご、よん、さん…」と小言でカウントしてる。「ぜろ」と聞こえたのちウチの玄関にある親父が骨董品屋で買ったねじまき式の古時計がボーンボーンと静かな家に響いた。
『ハッピーバースデー、俊』
「え………?」
『誕生日おめでとう。16歳の俊ちゃんお疲れ様!17歳の俊ちゃんこれからもよろしくねっ』
はじめは何を言われているのかさっぱり分からなかった。けど時間が経つにつれだんだん彼女の意図に気付いてくる。そうか、だから日付が変わるギリギリであんなメールが届いたのか。
「ありがとう…オレ、こんなサプライズ始めてだよ」
『ふふ、誰よりも先にお祝いしてあげたかったんだ』
電話の向こうでは彼女が満足そうに笑っている。その顔が見れないのはちょっと残念だな。
『ねえ、明日何食べたい?お弁当作るよ』
「えっ、作れるの?」
『当たり前じゃん!どっかのカントクと同じにしないで』
「あはは…ごめんごめん」
まったく。と彼女は言った。多分ほっぺた膨らましてるんだろうな…拗ねたときのクセだから。
『で、どんなのがいい?やっぱり卵焼きは外せないよね。それともサンドイ』ブツンッ
「………あれ?」
突然、通信が途絶えた。画面を確認してみたら真っ暗。もう一度耳に当ててみる…無音。
「え、真っ暗?」
画面を二度見してあらビックリ。どうやら充電が底を着いていたようだ。突然通話が途切れたから絶対怒ってるよ。ごめんね、怒らないで…悪気があったわけじゃないんだよ。だからせめて嫌いな物一色にはしないでね。
10月23日
Happy Birthday 伊月!
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